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街中にいても戦いの音が微かに聞こえてくる。
主戦場はエタウィへと続く街道で分厚い外壁を挟んでるとはいえかなり近い。
金属と金属がぶつかる甲高い衝撃音、魔術による砲火の炸裂音、戦う人間達の鬨の声。
それらが聞こえているのに街中にいる人間は平然と日常を過ごしていた。
それもそうか。
襲撃当初はわけもわからず恐怖に怯えて街を逃げ出す人間も多くいたが、皆慣れてしまったんだ。
シンジ……魔王によるイガヤイム侵攻は実際のところ膠着状態に陥ってる。
怪機素体は強い。一般的な兵士や冒険者の装備では倒すことも防戦すらも難しく簡単に都市を蹂躙し支配するのも可能だったろう。
だが、イガヤイムには俺がいた。
ティアの攻撃は怪機素体に通じるし破壊系の魔法カードを使っても倒せる。
そして、破壊した怪機素体の残骸は装備品に加工され前線で戦う人間達を強化するのに役立った。
いまではその装備品さえ身につけていれば怪機素体とも渡り合えている。
前線維持と怪機素体への対応はこれで安定化しつつあり、むしろ攻めて来てくれるのを心待ちにしている節すらあった。
怪機素体はもう脅威というより装備品の材料として見られてる。
多く来てくれれば多く来てくれるだけこちらの戦力を強化してくれるうえ、余剰分が出れば街全体も潤う結果になるからという理由だ。
それを向こうもわかってるのか昼夜を問わずに行われていた侵攻も頻度が減っている。
投入される怪機素体の数も少なくなった。
「……俺が休んでも大丈夫なわけだ」
ただ、油断はできない。
「小怪機が出てきてない。大怪機だってまだだ。何を考えてるんだシンジ?」
出てきたのは領域魔法【怪機素体生産工場】で産み出される怪機素体のみ。
弱いトークンでしか攻めてこない理由が解らなかった。
トークンとは疑似的なモンスターカードだ。
ゲームをプレイする中で実際のカードとしては存在せず、何らかのカード効果によって生成される一時限りの代替え品のように場に置かれる物。
そんなカードしか使わないのはなんでなんだ。
バトミリにおけるカテゴリー【怪機】の動きがもしかして出来ないのか?
普通なら【怪機素体生産工場】で生成したトークンを使い等級が一つ上の小怪機を召喚して、そこから更に大怪機、更に上の怪機モンスターを展開していくのが常道。
それが無いのが腑に落ちない。
「……俺も踏ん切りつけないといけないか」
あの日、決まった覚悟は揺るがない。
強くなる。
その思いは変わらない。
でも一歩踏み出す勇気が俺にはまだ備わってないんだと実感した。
散歩は止めて家に帰ることにする。
明日の準備をするために。