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なんというか……拍子抜けだ。
「うぉぉお! スッゲェェェ!!」
隣にいるダグは大興奮って感じだけど、イガヤイムは噂に聞いてた程の街じゃなかった。
馬車に揺られて一晩が経ちアタシ達はイガヤイムに到着した。
怪我人は治療院へと運ばれ、無傷なアタシとダグは街の入口で下ろされた。
街の入口は簡易的な柵で囲われていて門番らしき人間が二人立ってた。
柵の奥には密集した商店群が確認できる。
賑わってはいるようだが王都の繁栄っぷりを知るアタシからすれば物足りない。
格式高く洗練された店構えの王都に比べるとどれもこれもが見劣りする。
剥き出しの地面に木箱や瓶が置かれ、その前に商人が立ち客を相手取る姿はそこかしこで見られ活気に満ち溢れているがそれだけだ。
「これが北方域最大の交易都市……ね」
どうやら期待しすぎたみたい。
「なぁ、さっさと入ろうぜ」
「そうね。いつまでも入口で突っ立ってても邪魔になるし」
隣のダグが我慢できないという様子になってるので街に入場するとしよう。
「すみません、中に入りたいのだけど」
門番をしてる若い男二人に話しかける。
「ん、あぁどうぞ入んなよ」
「は? いや、だから入りたいから幾ら払えばいいのか聞いてるんだけど」
察しの悪い門番だ。
普通は幾ら通行税を払えばいいかすぐ返答がくるのに。
「ハハハ、お嬢ちゃんイガヤイムは初めてかい?」
「そうだけどそれがなに?」
「だったら仕方ないか、お嬢ちゃんここを通るのに通行税なんて必要ないんだぜ」
「え、嘘?」
「嘘じゃねえよ。俺達門番も飾りみてえなもんさ、さすがにガラの悪い連中とはお話させてもらうが大抵は素通りしてもらって結構だ」
「通行税も審査も無し?」
「無し無し。商いをしようって奴等は別になるがお嬢ちゃん等みたいのはここを入るのも出るのも自由さ」
やる気無い門番の男は柵に背中を預けて説明してくれた。
嘘や冗談を吐いてる雰囲気ではない。
アタシもダグも顔を見合せて恐る恐るイガヤイムの街に入る。
門番二人はアタシ達を止めもせず簡単に入る事が出来た。
「ようこそ、イガヤイムへ。自由なる交易都市を存分に楽しむといい」
街中に入った途端、法外な通行税を吹っ掛けられるかもとドキドキしてたが彼等はそんな悪辣な人間じゃなかった。
ヒラヒラと手を振って見送り仕事に戻った。
「イガヤイムに入ったぞぉ! なぁ、どうするどうする?」
街に入ってもダグの興奮は収まらない。
デカイ図体で騒々しいダグと一緒に歩くのは恥ずかしい。
道行く人からの視線が痛い。
こっちにはこっちの目的もあるしここで別れてもよかったが、この見た目の割に子供っぽい友達を放っておくのは少し心配だ。
要らぬ面倒に巻き込まれたり、自ら問題を発生させそう。
「……はぁ、ダグは傭兵なんでしょ。なら、前線に出る為にも傭兵ギルドに行くべきなんじゃない?」
「おぉ、そうだな! じゃあ、探そうぜ」
「ハイハイ」
というわけで、まだ別れずイガヤイムの街中を散策することにした。
別に急いでるわけでもないし、知らない街を見て回るのは楽しそうだしね。
「露店ばかりなんだ……」
イガヤイムの街を歩いてて気づいた。
まともな店舗型の商店が見た限り一つも無いのだ。
王都ではまずあり得ない光景だ。
地域性なのかとも思うがイガヤイムはそれなりの歴史を持つ大都市。
ここまでで百を越える商店群を見てきた。
商店の種類も多岐にわたり質を考えず数だけ見れば王都に次ぐのではないかと思う。
これだけの賑わいがあるのに露店ばかりとはどう考えたっておかしい。
アタシの抱いた疑問はダグのもたらした情報によって解決する。
「おーい、傭兵ギルドの場所わかったぞぉ~!」
食べ物系の露店を見つけては買い食いしていたダグ。
ただ己の食欲を満たしてるのかと思ってたが買い物ついでに目的地の情報も集めていたみたい。
「場所はここじゃなくて中の街なんだってさ」
「中ってなに?」
ダグの言う意味がわからない?
何度聞いても要領を得ないので先に歩いてもらい案内してもらった。
「ここは外街って言うらしいんだよ」
幾つもの露店を通りすぎ道なりに曲がっていく。
「で、オレ達が目指す傭兵ギルドは中街にあるらしいんだ」
それを何度か繰り返してると視界が拓けてきた。
「なんでも元の街の状態じゃ収まりきらないから拡張することにしたとか言ってたなー」
露店が密集し隣接する屋根同士が空を覆い隠し薄暗く閉塞感があった街を抜けるとそこには石造りの巨大な壁に守られた街の姿があった。
「ここが本当のイガヤイム……」
外街と中街、ダグの大雑把な言葉から推測するに全容が見えてきた。
露店ばかりだったのもそれで納得がいく。
つまり、アタシが見てきたのは魔王に攻められてから作られた急拵えの増設された街の姿だったんだ。
アタシはそれを見て数と賑わいなら王都にも比肩し得ると勘違いした。
「……噂通りじゃん、イガヤイム」