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「第三位に上げてやる。いい加減休め」
呼び出された執務室にて久我山界人はギルドマスターのアイゼンに突然そう言われた。
「拒否させてもらいます」
普通の冒険者であれば泣いて喜ぶ飛び級の昇進を界人はすげなく断った。
しかし、それは冒険者としての位が上がることよりも休息を拒んだ形だった。
「拒否権なんて無ぇぞ、強制的に休んで貰うからな。王都の冒険者ギルド本部に申請書類送って、受理して貰って、何やかんやで処理が終わる半月後までは休んでもらう」
有無を言わせないアイゼンの言葉に界人は不快そうな顔を見せる。
アイゼンが口にした事は決定事項であり、いくら自身が抗議したところで覆らない。
それを理解しているからこその表情であった。
「……この一月ばかし、お前さんはよくやってくれたよ。いや、やり過ぎなくらいだ」
エタウィから侵攻してくる奇怪な敵を赤い龍を駆って退ける勇姿はアイゼンも何度も目にしてる。
「最後に家に帰ったのはいつだ?」
「…………」
アイゼンの問いに界人は答えない。
思い出せないからだ。
疲れたら戦場の端で休息に努めていた。自宅のベッドの感触は遠い記憶の彼方にある。
「ノエルの嬢ちゃんも心配してたぞ……休むんだ坊主」
「……俺がいなくなったら戦線の維持が」
アイゼンは卑怯と分かっていながらも一人の少女の名を口にした。
彼女の名を耳にし界人は動揺を見せるがすぐに理由をつけて休息を拒んだ。
「大丈夫だ。お前が抜けても戦線は崩れねえよ。戦力補充は出来てるし新装備もまずまずだ」
「……わかりました」
最終的に界人はアイゼンの言葉に従い執務室を後にした。
界人が執務室から退室した後、アイゼンはすぐに界人の抜けた穴をどうするか思案する。
口ではあぁ言ったが、機動力と殲滅力に長けた界人が抜けるのは大きな痛手だったのだ。
一旦は均一に兵員を増し量で質を補うことにしておいた。
「あー嫌だ嫌だ。戦争屋の真似事なんざするもんじゃねえな」
凝ってしまった肩をぐるぐると回しアイゼンは憂さ晴らしのため安酒に手を伸ばした。
「……まったく、いつになったら終わるのかねぇ」