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「……人形?」
それは人の型を模したであろう不気味な存在だった。
頭が一つに長い胴体と四肢があり、二つの脚で大地に直立している。
その身体を構築するのは艶の無い金属と気色の悪い粘質な皮のようなナニカ。
金属で出来た人形の体表をナメクジのように這っているナニカは意思でも持ってるのか不規則に蠢いていた。
「気持ち悪い……」
背筋に怖気が走る。
本能的に忌避感を感じさせる人形の見た目に悲鳴を上げたくなるがなんとか堪えた。
こいつだ。こいつがやったんだ。
馬車を吹っ飛ばした犯人だと一目で分かる異常な相手。
これが噂に聞く魔獣なのだろうかと思案してると馬車にいた傭兵に冒険者等が抜け出て来た。
「なんだありゃあ?」
「いきなり馬車がひっくり返ったと思やあアイツの仕業かよ」
「……おい、待てよ。あの薄気味悪い見た目伝聞通りだ。ありゃ魔王の従える配下だぜっ!」
魔王の配下?
あの気持ち悪い人形が?
引きこもってたせいで現在の国内情勢をアタシはあまり知らない。
それでも魔王の存在くらい知っている。
一ヶ月と少し前、エタウィにて魔王を僭称する馬鹿が旗を揚げたという。
その愚か者はエタウィを占領し、自らの勢力圏を拡げようとイガヤイムに侵攻し――失敗した。
冒険者ギルドと衛士が総力を上げて迎え撃ちこれを返り討ちにしたそう。
そこに領主の名が無いのをアタシは最初聞いたとき不思議に思ったが、我先に逃げたのだそうだ。
持てるだけの財と兵を引き連れて王都に逃げた。
上級貴族が聞いて呆れる。
自らが治める領地と民を見捨て逃げ出すなんて恥を知るといい。
本人は王都まで来たそれっぽい理由を並び立てたらしいが人の噂とは怖いものでいつの間にか真実『らしい』この情報がアタシの耳に届くまで流布してる。
「ちょうどいいじゃねえか、アイツを倒してイガヤイムに入れりゃ儲けもんよ」
「面倒な試験もすっ飛ばして実力を示せるってわけか」
「その話、乗ったぜ」
気づけば馬車から出てきた男達は皆で目の前の人形を倒す算段をつけ始めた。
正気とは思えない。
あの細長い体躯の人形が本当に馬車を吹っ飛ばしたのなら、恐ろしい膂力かそれに変わる特殊な力を備えてるに決まってる。
「傭兵も冒険者もそんな簡単な事に頭がいかないって馬鹿なの?」
ここは逃げるのが最適解だ。
相手がどんな力を持ってるか分からないのに立ち向かうなんて死にに行くようなものなんだから。
「行くぞッ!」
「「「うぉぉぉおおお!!」」」
真っ直ぐに人形に突撃してく男達。
「馬鹿じゃないの……」
アタシは彼等を尻目に逃げ出した。
街道を戻りどこかの町まで戻れば安全は確保できる。
「ワァァァア!」
そう考えてたはずなのにアタシの足は止まってた。
「――っ!? な、なにすんだよっ!」
「それはこっちの台詞よ!」
突撃する無謀な男連中のなかにダグがいたのだ。
アタシは彼の服を引っ張り止めていた。
「早く行かないと手柄を取られちまうんだ。離してくれっ」
「手柄って……そんな武器でアレが倒せると思ってるの!」
ダグの手にする武器は最低だ。
木製の棍棒の上半分に薄い銅板を巻いただけの一目で手製とわかる酷い武器。
もしかしなくても、これで殴りつけるっての?
「大丈夫だよ! オレは力が強いんだ。これで殴れば大抵の敵は」
「あれが大抵の敵に見えるの!? アレは別格よ。逃げなきゃきっと」
ダグと押し問答をしていると遠くで鈍い音に続き湿った音が聞こえた。
「あ」
――遅かった。
アタシ達が言い争ってる間に男達は異形の人形まで到達し戦端を開いていた。
身の丈ほどある大剣を手にした男が初撃を食らわせたのだろうが、男の腕は大剣ごと無惨にも力任せに千切られていた。
鮮血が雪を汚し何人もの悲鳴が街道に連なり響いていく。
逃げる機会はこの時点で失われた。
魔王の配下、異形なる人形。
それは決して甘く見てはいけない相手だったのだ。