ツンドラ令嬢と呼ばれていた氷上さんと同じ大学に進学したら飲み友になった〜普段は無口で素っ気ない態度の氷上さんは酔うと急にデレデレになるので絶対に外でお酒を飲んだらいけないと思うんだが〜
※この世界では18歳から飲酒OKな設定です。
春うらら。
大学入学初日だというのに、俺は校門をくぐった途端に大学デビューを諦めた。
キラキラとした雰囲気に一瞬で飲まれ、俺には無理だと悟ったのだ。
挫けるな、日野佑真!
お前にはまだ夢のキャンパスライフが待っているだろう、こんな所で諦めてどうする。
でも……こんなキラキラした雰囲気、絶対俺には無理だって……。
午後からの学部ガイダンスが終わり気付けば夕方。
友達一人作ることも出来なかった俺はトボトボとした足取りで家路についていた。
見渡せばそこら中で行われているサークル勧誘。
サッカー、テニス、バスケにラクロス。
声のでかい陽キャな連中は、俺みたいな陰のオーラを発する奴には目もくれず同じ陽のオーラを発する男子連中やオシャレな女子に次から次へと声を掛けている。
特に女子に対してはガッつき度が数倍に膨れ上がっているように見えた。
「この下半身で生きてる連中め……」
俺は毒づいて再び歩き始めようとしたところで……。
視線の端に微かな違和感。
見ればフレアスカートを清楚に揺らす長髪の女子生徒がテニサーらしき連中に囲まれて勧誘されている。
「ねえねえ、うちのサークル入んない?」
「……」
「あ、ちょっと怖いって思った? 大丈夫うち他のテニサーに比べて全然だから」
「そそ、うちマジでちゃんとした所だから」
「だからさ、新歓だけでも来てみない? 絶対楽しいから」
明らかにロックオンされていた。
大学生ともなれば自己責任。この先ナニがあっても俺の知るところではないのだが……。
俺はこの女子生徒を知っていたのだ。
「氷上さん……?」
思わず呟けば、囲まれていた女子が長い黒髪を揺らして振り返る。
「……日野くん?」
一瞬の間を置いて氷上さんが俺の名を口にする。
こうなってしまってはもうテニサーの連中にお引き取り願う以外の選択肢は出てこなかった。
「久しぶり、氷上さんもこの大学だったの? 学部は……? って今話してるところだった?」
「別に、そういうわけじゃないわ」
冷たく言い放つ氷上さんだったが、それでもテニサーの連中は動揺を見せない。
「あれ? 氷上さんって言うんだ」
「え、お友達も一緒にどうよ、今から新歓あるんだけど?」
ついでと言わんばかりに俺にまで声をかけてきた。
すごいな、このメンタル。
「いや、俺は結構です。それより氷上さん、ちょっとあっちで話さない?」
「ええ、いいわ」
ふわっと身を翻し、氷上さんが俺の方に近づいてくる。
まるで、テニサーの連中なんか最初からそこにいなかったかのように無視して。
その態度にさすがに脈無しだと判断したのか、テニサーの連中も渋々と去って行った。
「大丈夫だった?」
「ええ」
「ていうか氷上さんもこの大学だったんだね」
「ええ」
素っ気ない返事。
あまりにも冷たい態度に見えるがこれが氷上さんのデフォルトなのだ。
──ツンドラ令嬢。
それが高校時代の氷上玲のあだ名だった。
クールでミステリアス、それでいて超が付くレベルの美人の氷上さんは数多くの男子たちから言い寄られ……そして尽く撃退してきた。
そんな氷上さんにつけられたあだ名がこのツンドラ令嬢。
誰に対しても素っ気なくて無口な態度ではあったが、人嫌いというわけではなく異性からだけでなく同性からも憧れの対象として見られていた。
幸運にも高校生活の三年間、ずっと同じクラスだった俺も氷上さんに密かに憧れを抱いていた。
結局告白どころかほとんどお近づきにもなれなかったのだが……
だからこそこの再会は運命だと思った。
運命だと思うことにした。
「あのさ……」
だから勇気を振り絞って玉砕覚悟で切り出す。
「このあと……飲みにいかない?」
「……」
沈黙。
無言のまま氷上さんに見つめられた俺は耐え切れなくなって言葉を続ける。
「ほら……せっかく再会できたんだし……高校の時の話とか? いろいろ話したいこともあるから、飲みながら話すのはどーかな……なんて」
いっそ殺せ。
一思いにバッサリと切ってくれ。
「いいわ」
ほらね、ダメだった。
……え?
「……え? いいの?」
「別に構わないわ。一緒に飲むくらい」
勇気出してよかったああああ。
憧れの人とサシで飲める。
こんなのテンション上げるなって言う方が無理だろ!?
★☆ ★
「それじゃ、ごゆっくりどうぞー」
店員さんが去って、俺の心臓は更に跳ね上がるように脈打っていく。
場所は大学近くの大衆居酒屋。
もっとオシャレで落ち着いた場所がよかったのだが、生憎そんな場所に心当たりはなかった。
「氷上さん、最初は何にする……?」
「そうね、日本酒……はないのね、ここ」
氷上さんから日本酒というワードが出てくるとは思わなかった。
だが、これは会話の糸口になる。
「日本酒って……結構お酒飲むの?」
「家で、割と」
「へー、そうなんだ。意外だね」
「そうかしら」
素っ気ない返事だが、ここで挫けてはいけない。
感情の機微が小さいだけで、俺は氷上さんが人嫌いではないと知っている。
だからこそもっと会話を回さないと。
「結構強いの?」
「普通よ」
「俺、外で飲むのこれが2回目くらいなんだよね。氷上さんは?」
「そう言えばこれが初めてね」
「そうなんだ、宅飲み派なんだ」
「……」
「……」
会話が続かない。
早く酒を入れて酔いたい気分だ。
酔えば少しは氷上さんも饒舌になるかもしれないし。
「じゃ、最初はレモンサワーにしようかな。氷上さんは?」
「私もそれで」
無難な所に落ち着いた。
そのまま会話も無難な話ばかりが続き、そろそろ会話デッキが尽きる……となった所で救いのレモンサワーがやってきた。
ナイスタイミングだ。
俺は即座にジョッキを持って音頭をとる。
「それじゃ、かんぱーい」
「かんぱい」
チンと小さなガラス音が響く。
遠慮がちにだが氷上さんもグラスを近づけてくれた。
早く酔いを回したいがために一気にジョッキを傾ける。
キンッキンに冷えたレモンサワー、緊張のせいで味は全く分からなかった。
──氷上さんはどのくらいのペースなんだろ?
そう思って見れば……
俺よりも更にジョッキを傾けて、一気に半分を飲み干していた。
ぷはぁ……と小さく息を吐いて、唇を拭う。
その仕草が妙に艶やかで煽情的だった。
「いい……飲みっぷりだね。喉渇いてた?」
「そういうわけじゃないの……ちょっとね」
「ちょっと……?」
「私って……」
「え?」
「私ってどうしてこんなに会話下手らのよぉ……」
ガックリと項垂れながら、氷上さんが悲痛そうな声を漏らした。
その変貌ぶりに戸惑ってしまう。
「えと……氷上さん?」
「こんなんだから友達できらいのよぉ……」
酔うにしても早すぎる。
どうやら酒を飲んだ瞬間に何かスイッチが入るタイプらしい。
「ねえ日野くん?」
「はい?」
「寂しいから隣行ってもいい?」
可愛らしく小首を傾げて聞いてくる。
「え……?」
「やっぱり私じゃダメ?」
「いやいや全然、そんなこと……」
向かいの席に座っていた氷上さんが隣に移動してきた。
ふわりと甘い香りがして、酔いが回りそうになる。
──こんなのどこのバカップルだよ。
とは思ったが口に出さなかった。
「やったぁ……これで寂しくない♪」
「えと氷上さん、ちょっと……近いかも」
「迷惑……?」
「いや全然」
「ならもうちょっとらけ近づくね♪」
そう言って肩が触れ合うくらいの距離まで近づいてきた。
──なんだこの変わり様は……
酔うと性格が変わる人はいる。
だがそれにしたって限度があるだろう。
今の氷上さんにはツンドラ令嬢と言われた素っ気なさは全くない。
「もしかして……これが氷上さん本来の性格なの?」
思い切って聞いてみた。
「私ね、人と話す時緊張しちゃって……全然友達できらくてね」
「好きで一人でいるんだと思ってた」
「違うの! ずっと寂しくて……」
「そうだったんだ」
「だから大学では変わろうと思ったんだけど……今日も一人も友達できなくて」
「それは俺も同じだなぁ……」
思いもよらない相手と傷の舐め合いが始まってしまった。
「だから、そんな時日野くんが誘ってくれて、本当に嬉しかったの♪」
「そんなこと……」
酔った氷上さん、正直めちゃくちゃかわいい。
これがギャップ萌えというやつなのか。
普段の素っ気ない態度はただ単に緊張して硬くなっていただけなんて……
何その理由、かわいいが過ぎるんですけど。
「お酒飲んだらね、こうやっておしゃべりできるから……ずっとお酒飲んでようかな?」
「やめてくれ……アル中になった氷上さんとか見たくないから」
「え~、じゃあどうしよう……」
ぐでんと氷上さんが首を傾ける。
まだレモンサワー一杯なのにこの有様……
「私二杯目いくけど、日野くんは?」
「あ、じゃあ俺も飲もうかな」
「また乾杯しようねぇ♪」
「えと……酔ってない?」
「全然、家だと日本酒3合くらい飲むかりゃ」
「結構な酒豪だった……」
慣れない手つきで注文パネルを操作する手だが、迷いはない。
フラついてもいない。
本当に酔ってはいないのだろう。
それからも隣で楽しそうにウキウキと話す氷上さんとの飲み会は続いた。
そして……今
氷上さんは俺の隣で寝ている。
その言い方だと語弊があるか。
氷上さんは俺の腕に腕を絡めて眠ってしまっていた。
柔らかな感触が二の腕辺りを襲う。
酔いが回って血の巡りがよくなったせいもあって、体の一部分が元気になってしまっている。
「お~い、氷上さん」
「な~に~?」
一応意識はあるみたいだ。
ただもう使い物にならないほど酔っ払っている。
途中で止めるべきだったのかもしれない。
「そろそろ帰るぞ」
「は~い」
「家まで送るから立って、ほら」
ふにゃふにゃになった氷上さんに肩を貸して店を出る。
四月の夜、風はまだ肌寒い。
氷上さんが風邪をひくまえに送り届けないと。
「氷上さん、家どこ?」
「引っ越したばっかりだからわかんなーい」
「頼む、思い出してくれ。マジで」
「この先にあるアパート……」
「マジか、寝落ちしやがった」
肩にかかる体重が一気に増える。
本格的にヤバい……。
重い……重くないけど、重い。
「も~、隙を見せた氷上さんが悪いんだからな!」
氷上さんにとって運が悪いことに俺も酔っ払っていた。
既に足元がふらついている。
これ以上の待つことはできなかった。
だから……
俺は氷上さんを自分の部屋に連れ込んだ。
そして俺が普段眠っているベッドの上に転がした。
「幸せそうな顔してるなぁ……」
男の家のベッド。
そこにいるという状況がどれだけ危ないことなのか。
もっと危機感を覚えてほしい。
もし、氷上さんが変な勇気を出してテニサーの連中と飲み会に行っていたら……と思うとゾッとする。
正直何をされても文句は言えない状況だが……
氷上さんにとって救いだったのは俺が究極のヘタレだということだ。
わずかに残った理性が、俺の内に潜む獣欲を上回った。
「おやすみ……」
俺は床に転がって眠ることにした。
★☆ ★
──翌朝。
俺は氷上さんの足音で目を覚ました。
「起きたのね、おはよう」
おはよう、その甘美な響きに酔いしれてしまう。
「おはよう。氷上さん……えと、これは……」
昨日の俺は誓って何もしていないはずだ。
だが家に連れ込んだ時点でアウトなのかもしれない……。
「私酔っても記憶は残ってるの」
自己保身ばかりして気が付いていなかったが氷上さんは口調こそいつもの素っ気ないものだったが、顔を真っ赤にしている。
「昨日はその……恥ずかしいところを見せたわね」
「いや、本当の氷上さんを知れてよかったよ」
「それとごめんなさい……私ったら……」
真っ赤になった顔を覆って恥じらっている。
もしかしたら微妙にまだ酔いが残っているのかもしれない。
「安心して、誓って何もしてないから」
「ええ、知ってるわ……本当に……ごめんなさい」
氷上さんは悶えていた。
そんな氷上さんが愛おしくて仕方なかった。
「良かったらさ、また一緒に飲まない?」
「引かないの?」
「正直めちゃくちゃかわいいと思った」
俺もまだ酔いが残ってるのかもしれない。
こんな素直に気持ちを言葉にできるなんて。
「!?」
その言葉にただでさえ赤かった氷上さんの顔が更に真っ赤になる。
「高校だと全然話せなかったけどさ……今度は普通の友達になろうよ」
お互い友達いないみたいだしさ、と自虐的に笑いながら。
氷上さんは手で覆った顔の隙間から俺の方を窺い見ながらボソリと声を漏らした。
「飲み友からでよければ……」
と。
普通逆じゃないかなぁ……
ありがとうございました!
酔ってやらかしたことを翌朝思い出して悶えるシチュが摂取したくて書きました。
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