第十六話 怒れる竜皇 その二
ルビナの様子に、師匠は上機嫌の様子だ。
「さてどうかね? 二人も朝食をここで食べていくかい?」
「……!」
絶望の色を浮かべる団長。
流石にこれ以上は可哀想だろう。
「宿で朝食は済ませて来ましたので、結構です」
「そうか」
「あぁ……」
あからさまにほっとする団長。
ここで追い討ちをかけられる程団長に恨みは無いです。
「ちなみにディアン、この街には変わった風習があるのだねぇ」
何の事だろう。私の名前を呼んだ以上、何かの意図があるんだろうけど。
「噂によるとこの街では、立場が上の者は何を受け取っても礼をしなくて良いと聞いたのだが。私の知っている風習とだいぶ違っているので、確認をしておこうと思ってね」
「あ……、あぁ……」
「そうなれば今後も、私は彼から対価なしに何でももらえると言う事に、なるのだろう?」
団長がこれまでに見た中で一番の恐怖の表情を浮かべた。
師匠の言葉がこれまでの団長の行いを指しているのは明らかだ。
だが師匠の言葉に怒気は全くない。
それが逆に物凄く怒っているかのように見える。
分かってやっているのがまたたちが悪い。
「あの、その、私は……」
「師匠。商人の世界には信用払いと言うものもあります。必ず支払うと言う信用のある者は、特に契約が無くても商品を受け取る事が出来る場合があるのです」
「成程。流石我が弟子」
にっこりと微笑む師匠。くっ、また片棒を担がされた。
師匠はいつも貴族の弱みを握って追い詰める時、徹底的にはやらない。
少し許されると思わせる余地を残す。
別に善意でも優しさでもなく、そう見えるように振る舞う事で、反抗よりも従属が良いと思わせる師匠の手管だ。えげつない。
今回は街にも良い影響になるだろうから良いけど。
「では私もいずれこの食事と酒の礼はする事を約束しましょう」
「あ、ありがとう、ございます、ありがとうございます……!」
師匠と私に交互に頭を下げる団長。
私は何もしてません。
「さてそれではそろそろ行こうかね」
「分かりました」
「……はい」
詰所の訓練場に移動する。
転移魔法にはある程度の広さが必要になるためだ。
周囲に人や動物、建物などがあると巻き込んだりする危険性がある。
「では覚悟は良いかな?」
覚悟って何だろう。
竜皇の前に出る覚悟?
ルビナとしばらく別れる覚悟?
大使になる覚悟?
何を求められても即答できる気がしない。
「……はい」
少しためらった後にルビナがそう答える。
……そうしたら私だって答えない訳にはいかない。
「えぇ、お願いします」
「大変結構。では行くとしよう『虚空よ、我らを遠き彼の地へ』」
師匠が詠唱を行うと、足元が光る。
その光が私達の周りの全てに満ちた瞬間、妙な浮遊感に包まれた。
これで農民息子達の出番は無事消滅。
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