第十五話 契る夜 その六
ルビナの目が私を見つめ続ける。
不安な様子だ。
だが口づけがしたいと思ったなどと本音は言えないし、かと言って誤魔化す言葉も思いつかない!
とにかく寝かしつけよう。子守歌、ではないな。昔話、も違う。
「何でもない。眠ろう、ルビナ」
とりあえず空いている方の手を伸ばして頭を撫でてみる。
「! ……はい……」
とろんとした表情を浮かべ、再びルビナは目を閉じる。
しばらく撫でていると静かに寝息を立て始めた。
相変わらず寝つきが良くて助かる。
ルビナは私を心から慕ってくれている。それは疑いようもない。
だがそれは人に捕まり、絶望の中にあったから私が救い主のように見えているだけだ。
国に帰り気持ちが立ち直れば、私が慕うに値しない、凡庸で小心なだけの人間だと分かる。
「すぅ……、すぅ……」
無邪気な寝顔。
先程までの下劣な感情が薄れていく。
やはり私はルビナから離れるべきだ。
大使の仕事も何度かこなして安全だと分かれば、手柄を立てたい騎士や貴族がこぞって手を上げるだろう。
適切な人材に仕事を引き継ぐ頃には、ルビナも私への興味を失うはずだ。
「くぅ……、くぅ……」
明日ルビナを国に送り届ける。
そして私を忘れてもらう。
それがルビナの幸せのために出来る、私の精一杯だ。
……勿体ないという気持ちはかなりあるが。
「……でぃあん、さまぁ……、わたしも、すき、ですぅ……」
寝言でまで好意を告げられ、思わず苦笑が漏れる。
こんなにも好きと言われたのは初めてだ。
泣かないでいてほしい。
幸せになってほしい。
出会った当初はこんな気持ちになるとは思ってもみなかったな。
自然と手が伸び、頭を撫でる。
さらさらとした髪の感触が心地よい。
「んんぅ……」
み、身じろぎしたルビナの額が、頬に……!
やめて! 決心を揺さぶらないで!
「ひぁわしぇ……」
幸せなのは結構だし、私の願うところでもあるけれど、違、ちょっ、離れて!
「すぅ……、すぅ……」
とにかく寝よう! 眠れるかどうか分からないけど!
……くぅ、さっき噛んだ舌の痛みが眠気の邪魔をする!
いや、騎士の野外訓練中、無数の擦り傷と筋肉痛の中でも眠れたんだ!
その時に比べればこの位乗り越えてみせる!
旗が、立ちましたな……。
読了ありがとうございました。