第十四話 酒が呼ぶは凪か嵐か その六
凡人の努力や覚悟が圧倒的な力の前に意味を失う事は、世の中ままある事だ。そう頭で分かっていても気持ちは追いつかない。
「お、おおおぉぉぉ!」
「はぁ……、ごちそうさまです」
「おおおぉぉぉ! すげえええぇぇぇ!」
大樽干しちゃったよルビナ。
返杯を考えてもあの樽半分は飲んだんだよな。と言う事は……。
よそう。瓶で換算してはいけない。
「ルビナ、大丈夫か」
「全然大丈夫ですぅ」
私の隣に戻ってきたルビナは、言葉通り問題なさそうだ。
周りが皆酔っていて良かった。
そうでなければ怪しむ人の一人や二人、居てもおかしくない。
「いやぁ凄いねぇ! まさか今日だけで大樽が空くとは思わなかったわぁ」
居たぁ! 女将は素面で、かつどれだけルビナが飲んだか把握してる!
ここで不審がられてルビナが竜とばれたら、この大人数全てが噂を広める!
「前に来たお客さん以来だよ。幾ら飲んでも酔わないし、どれだけ食べても限界が無かった。あの時は大樽を仕入れてたらどんだけ儲けたかと思ったから、今回は買ってきたのさ」
「そんな凄い人も居るのだな」
多分その人竜です。
「あぁ! 大したもんさ! ルビナちゃんも凄いけど、あの人に比べたら可愛いもんだね」
助かったぁ! 先人が居たお陰で、ルビナの飲みっぷりが霞んでくれた!
「さ、残りの料理も食べちゃっておくれ」
「あぁ。頂こうルビナ」
「はぁい」
料理は程なく片付いたが、時間はまだ宵の口。
これなら不味い酒を無理に飲む事は無かったじゃないか。結果論ではあるけど。
「さぁさ、ルビナちゃんを送る会はお開きだよ! まだ飲む人は一旦勘定を払ってから追加しとくれ!」
「楽しかったよルビナちゃん!」
「ありがとな!」
「こちらこそありがとうございました! ごちそうさまです!」
もはや呼ばれもしなくなりましたか。もう良いけど。
「では女将、私も勘定を頼む」
「あぁ、騎士様は良いよ」
客に勘定を配る女将に声をかけると、女将は払う様に手を振る。
「良いのか」
「あぁ、今日一日でルビナちゃんのおかげで半月分の稼ぎになったからね!」
上機嫌な女将。そんなに稼いだのか。
あ、勘定を受け取った客達の顔が凄い事になってる。
片棒を担いだようでいささか心苦しい。
「ディアン様ぁ」
「どうだルビナ、楽しめたか」
「はぁい、とっても楽しかったですぅ。皆さんとっても良い人達ですねぇ」
満面の笑みのルビナ。
私以外の人と楽しい時間を過ごせた事は、きっとルビナにも良い影響を与えるだろう。
……あわよくば昼間の恋人だの口づけだのも忘れてくれてると良いんだけど。
大樽よ、相手が悪かったな。
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