第十四話 酒が呼ぶは凪か嵐か その四
焼き魚を頬張り、ルビナはうっとりと微笑む。
「美味しいですねぇ」
「あぁ、そうだな」
本当に美味い。
女将から、今日は店から適当に出すから任せて、と言われたので、予算は伝えた上で任せたが、品数といい、質といい、これは本当に予算内で収まるのか?
「ディアン様ぁ、これ初めて食べますけど美味しいですねぇ」
「揚げ鷄だ。これはそのままでも勿論美味いが、この生野菜のかけ油を少し付けると、違った美味さが味わえる」
「やってみますぅ! ……わぁ! 美味しい!」
「かけ油の酸味が、鷄の旨味を引き出すのだ」
「ディアン様は何でもご存知なんですねぇ」
そんな事は全く無いんだけど、料理に関しての知識は、商人時代の経験と、師匠に色々付き合わされたから、これだけは人並み以上にあると思ってる。
これまでは自分の食事を少し豊かにする位だったけど、今ルビナがそれで喜んでいる。人生に無駄な事は無いって本当だと思う。
「ディアン様ぁ。これは挽肉焼きに似てますけどぉ……」
「肉団子だ。気付いた通り、挽肉を丸めたものだ。ただしこれは煮込んである。焼いた物とはまた違う味わいだ」
「美味しそうですぅ。いただきまぁす」
肉団子を頬張り、蕩ける様な顔をするルビナ。
そして酒の器を取る。そう、それが正解だ。
「ふわぁ……。ディアン様が教えてくださった通りですぅ。お肉の脂をお酒で流すと、本当に美味しいですねぇ……」
「嬢ちゃん、通な飲み方知ってるねぇ!」
「こっちの脂の乗った魚も試してみなよ!」
「はい! いただきます!」
よしよし、ルビナも楽しめている様だ。
少しでも良い思い出を、その目論見は一応上手くいっているな。
これで私以外にも心を許せる人が居ると気付けたら、私への依存も薄められるんだけど、
「ディアン様ぁ。この薄いお肉、一緒に食べましょうねぇ」
今夜だけでは無理だろうなぁ。
「これは生野菜を間に挟むと良い」
「あ! ディアン様ぁ。これを麦餅に挟んでも良いですかぁ?」
「あぁ、やってみると良い。その時には肉のかけ汁を麦餅に吸い取らせると味が際立つ」
「やってみまぁす」
自分なりの工夫をし始めるルビナ。それはやはり成長の証だ。
今夜でなくても、きっといつか私から離れて生きて行く事が出来る様になるだろう。
「これも美味しいですぅ」
「良かったな」
「ディアン様ぁ、どうぞぉ」
え。
「お! 良いなぁ兄ちゃん!」
「手づからとは羨ましいねぇ!」
差し出される肉野菜入り麦餅。昼間の菓子の悪夢が蘇る!
いや、あの時は慌ててそのまま口を付けてしまったが、手で受け取って食べれば良いだけの話だ。
「ありがとう、ルビナ」
「あ……」
手で受け取ろうとすると、表情を曇らせるルビナ。え、ちょっと、まさか……。
「鈍いねぇ騎士様。そう言う時は口で受け取るもんでしょうが」
いや、そんな事、無いよな、ルビナ?
「ディアン様ぁ、どうぞお口を……」
何でえええぇぇぇ!?
「先程菓子を私の手から食べてくださった時、より美味しさを共に出来た感じがしたので……」
軽率だったさっきの自分を叱り付けたい!
「……お嫌、ですか……」
……止むを、得まい……!
「……うむ、美味いな……」
「ディアン様……!」
「おー! いいぞ兄ちゃん!」
「それでこそ男ってもんよ!」
「ぎりぎり合格点だねぇ騎士様」
囃し立てられながら、私は麦餅を酒で飲み込んだ。
顔の熱さは酒のせいだろう。そうに違いない。
知らなかったのか? あーんからは逃げられない……!
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