第二話 言葉とご飯と水浴びと その一
前話のあらすじ。
竜族の国、竜皇国への特使の任を負った、商人上がりの下級騎士ディアン。任務からの帰りに立ち寄った村で、家畜に身をやつした雌の竜を発見する。竜皇国との関係悪化を恐れたディアンは、竜を引き取り王国へ連れて行く事にする。人間の娘に変身し、従者として仕えようとする竜の娘の誇りを、小心騎士は取り戻せるのか。
では第二話「言葉とご飯と水浴びと」お楽しみください。
『では確認を行います。朝の挨拶から』
「おはようございます」
『昼の挨拶』
「こんにちは」
『夜の挨拶』
「こんばんは」
『感謝』
「ありがとうございます」
『謝罪』
「申し訳ありません」
『空腹』
「腹が減りました」
『そこは「お腹が空きました」と言う方が正しいです』
「分かりました」
『続いては……』
よしよし。最初はどうなるかと思ったが、覚えが非常に速くて助かった。
田舎言葉を竜言語を経由して丁寧な物言いに変えさせるだけで、日常会話は問題なさそうだ。後は必要に応じて会話の中で訂正していこう。
『無事に言語の訂正を確認できました。今後はその言語での会話になりますが良いですか?』
「はい、分かりました」
あぁ、これで肩の凝る竜言語ともおさらばだ。
「ではそろそろ昼食にしよう」
「分かりました」
私は言語指導の成功に気を良くしつつ、背嚢から敷物を取り出して腰掛ける。
さっき出がけに村で購入した昼食を広げる。麦餅に、燻製肉と野菜を挟んだ、旅向けの軽食だ。急ぐ時は歩きながら食べる事もあるが、町まではさほど距離もない。何もなければ日が暮れる前には到着できるだろう。
「……」
さて問題は目の前で無言で立ち尽くすルビナだ。その姿は長い黒髪に、宝石の様な輝きの紅い目の若い女性。ついでに裸に外套。腕を出していないから、腕の取れた案山子の様な印象を受ける。
だが本当の姿は私の腕位ならひと噛みで食いちぎれそうな竜だ。
長く村に捕らわれ、誇りと力を失ったとは言え、その気になれば私など簡単に八つ裂きに出来るだろう。
……まずい、自分の想像で怖くなってきた。
そこでこの昼食だ。元々食べさせるつもりで二人分買ってはあるが、直接渡すのにはまだ恐怖心がある。しかし私だけが食べてルビナに食べさせないという訳にもいかない。
……覚悟を決めよう。
「ルビナ、これが君の分だ」
「私の分、ですか?」
必死の思いで差し出した手に、きょとんとするルビナ。あれ? 言葉の意味は通じているよな? 早く受け取って欲しいんだけど。
「これは君の昼食だ」
「私がディアン様と同じ物を食べるのですか?」
え、何言ってんの? 他に食べる物なんて用意してないぞ? ……まさか牛を丸ごと一頭連れて来いとかそういう事!?
「私は村にいた時の食事は飼葉が主でした。私の身体はどんなものでも魔力に変換できますので、そんな豪華なものを食べなくても道端の草で十分です」
飼葉が主食うううぅぅぅ!? そりゃ麦餅に焼いた燻製肉と野菜を挟んだだけの軽食でも豪華に映るか!
こんな身の上を聞いては恐怖よりも哀れみの方が先に立つ。是が非でも食べさせたい。
……手の震えは腕を上げ続けているせいだと思いたい。
「麦餅や肉は嫌いなのか」
「いえ、嫌いという訳ではありません。しばらく食べていないのでどんな味だったのか覚えていませんので」
無表情に言うルビナ。うわぁ、これは思っていたより根が深いぞ。せめて食事だけでも人並みにしないと、誇りを取り戻すも何もない。
「嫌いならば無理に勧めはしないが、食事というものは一人よりも誰かと食べる方が楽しみが増すものだ。食べない理由がないなら一緒に食べてほしい」
「分かりました」
今度は差し出した麦餅を受け取る。うわ! 両手を差し出されると外套の前が開いて! 慌てて目を背けるけど、目には白さが焼きついたようでちかちかする!
「ここに座ると良い」
「分かりました」
とりあえず敷物に座らせる。正面でなければ大分ましだな。剥き出しの足とか気になるけど。人が通らない事を願おう。
「いただきます」
「……いただきます」
私に倣って手を組んだ後、麦餅を口へと運ぶ。
「!」
感想を聞こうと思って止めた。目を見開き、二口目、三口目と進めていく姿を見れば、答えは聞くまでもない。邪魔をするのも悪いし。自分の食事をしよう。
「……うむ」
うん、美味い。燻製肉のやや濃い塩気が、麦餅と瑞々しい野菜で薄まりがちな味を補っている。あぁ、疲労感が少し薄れる。
「……」
おや? 手が止まった。残り一口となった麦餅をじっと見つめている。ここまで勢いよく食べていて、実は嫌いという事も無いだろう。という事は多分。
「ルビナ、これを」
「あの、それは……」
私が差し出した麦餅に、ルビナの目が釘付けになる。うぅ、猛獣の餌やりの気分……。可能なら長い枝か何かに乗せて渡したい。
「もう一つ食べると良い」
「……よろしいのですか?」
今手を引いたら腕ごと食われるんじゃないかと思うこの圧力……! そしてこちらに向くせいで嫌でも目に入る柔肌! どうぞ受け取ってください早く、早く!
「構わない。それ一つでは足りないだろう」
「ありがとうございます」
麦餅を受け取ると、ようやく先の残り一口を食べた。やはり最後の一口を惜しんでいたのか。久しぶりに食べる麦餅や肉の価値は、私が思う以上に大きかったようだ。もう少し食べさせた方が良いかも知れない。でも手で渡すのはもうやめよう。恐い。
「少し多めに買ったので、ここに置いておく。食べれるなら食べて構わない」
「ありがとうございます」
足りるよね? 食欲が刺激されて私まで食事の対象にならないよね? 恐怖と興味とでちらちら様子を見ながら食事を進めた。
不遇な女の子への餌付けは基本。
読了ありがとうございます。