第十三話 決意照らす夕陽は紅く その五
ルビナはじっと私の瞳を見つめてくる。
その夕陽を宿した様な紅さに吸い寄せられそうになる。
「……ディアン様。あの劇では、口づけの思い出が永遠であると言っていました」
ぐ、やっぱり口づけの話に戻ってくるか。
ルビナにとって、口づけの意味そのものは分からなくても、永遠という言葉に惹かれるよなぁ。
気が付けば私達の周囲から人はいなくなっていた。
……階段や尖塔の陰からえらく熱のこもった視線は感じるけど。
しかしまずい。口づけの条件が満たされてしまっている。
こんな状況でなければ、眺めの良い場所で、時刻は黄昏時。
無闇に切なさと落ち着かなさを刺激し、側にいる誰かと触れ合いたくなる。
雰囲気にも文句の付けようがない。
「ディアン様と離れるのは、身を切られるよりも辛く感じます。ディアン様の優しさと温もりだけが、私の支えでしたから……」
うわあああぁぁぁ! 依存だとしても恋愛感情だとしても、ルビナの心の支えが私だけになっているのは非常にまずい! 何とかこの場を逃れて……!
「明日、別れてしまう前に、ディアン様、どうか、最後の思い出を……」
じっと見つめてくるルビナ。
心臓の鼓動がいやがおうにも高鳴る。何故だ?
ルビナとの口づけを私も期待しているのか?
それとも口づけをしてしまった後の恐怖からか?
「ディアン様……」
柔らかそうな唇に目が行く。触れたい。いや駄目だ。竜の皇女と口づけなんて命が幾つあっても足りない。だが命を懸けても良いとさえ思える魅力がそこにある。違う。そんなものは男の本能に過ぎない。しかし別れに耐えようとしているルビナに応えたいのは事実だ。感傷だ。この夕陽が起こす幻覚に過ぎない。
「……っ」
ルビナの頬に二筋涙が流れる。
あぁ駄目だ駄目だ駄目だ。女の涙で判断を誤り、身を持ち崩した話を山の様に聞いているはずなのに、最悪の選択をしようとしている自分を止める方法が思い浮かばない。
「ルビナ」
「ディアン様……」
私は一歩足を踏み出した。
『おんなのなみだ』は『おとこぎ』もちに よくきくけど、つかいすぎに ちゅういだ!
読了ありがとうございます。