第十二話 幸せは短過ぎて その三
「さて、食事で魔力もだいぶ回復した。準備が整い次第竜皇国へと転移するとしよう。宿に荷物などあるのだろう? 取って来ると良い」
師匠の言葉に私は思わず聞き返す。
「今から、ですか?」
「機先を制することが大事なのだよ。それは騎士でも商人でも同じだろう?」
……成程、確かに。先手を取れば主導権を握れる。
まして竜皇側は何の準備も出来ていない。
そのために師匠は魔力を行使してまで王国から転移してきたんだもんな。
でもそこまでして優位を確保する理由は何だ?
何か竜皇国との交渉を考えているのか?
「苦渋の決断の果てに人間に協力を取り付け、よろしく頼むと返した手紙が届くか届かないかの内に、見つかりました、と我が姪を連れて行った時の兄上の顔、見たくはないかね?」
師匠、機先関係ない。
「あの、叔父様。今すぐ国に帰らなければなりませんか……?」
ルビナがおずおずと声を出す。
「おや? 帰りたくないのかね?」
「……いえ、いつかは帰らねばならないとディアン様と約束はしているのですが、こんなに早くとは思っていなかったので……」
口ごもるルビナ。そうか、心の準備も何もなかったからな。
しかしここまで策を積み上げた師匠が、最後の決め手の決定を曲げるとは思えない。
「よろしい。では明日まで待つとしよう」
「え……」
「本当ですか!?」
師匠が自分の策の完成をたった一日とは言え、他人の都合のために延ばす? 何のために?
「兄上の驚く顔を早く見たい気持ちはあるがね、今日明日の違いで結果が変わる事も無いだろう。今日一日準備を整えて、明日の朝出発としよう」
「分かりました。……ルビナ、大丈夫か」
「……はい。ありがとう、ございます……」
「ではディアン、明日の朝まで我が姪を頼んだよ」
師匠が私を名で呼ぶのは何らかの指示をする時だ。
そうか、竜皇国に連れて行っても、帰りたくないと言われてしまってはまずい。
だから明日の朝までに、ルビナがすんなり帰るように説得しておけと言う事だろう。しかし……。
「では明日の朝に。ルビナ、行こう」
「……はい……」
昨日の朝のあの絶望に近い表情をしているルビナを前向きにするって、とんでもなく大変な気がするんだけど。
「あ、そうそう、ここを出る時に団長殿に良い酒を持ってくるよう頼んでおいてくれたまえ」
「……分かりました」
そんな大仕事弟子に任せて、師匠は酒盛りですかそうですか。文字通りいいご身分ですねと言いたいところだが、まだ命は惜しいので飲み込んで扉を開けた。
いのちだいじに。
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