第十一話 恐怖の断罪 その四
「昨夜は申し訳ありませんでした!」
完璧な土下座。
ここまで見事な土下座はそうはないだろう。
どれほどの怒りに駆られていようとも、一瞬虚を突かれるこの姿勢。
「どうかお許しください!」
事情を知らない人間が見たら、許してあげなよと助言したくなるようなこの姿。
この謝罪の場において、これ以上の手を私は知らない。
「この通りでございます!」
それが何故私の目の前で騎士団長が実行しているのだろうか。
しかもルビナに向かって。
「ルビナ様がシルルバ様のお身内の方でしたとは! 知らなかったとはいえ大変なご無礼! 私がしでかした事はこんなお詫び程度では許されるはずもありませんが、出来る限りの埋め合わせをさせて頂きますので、どうか!」
成程、私の名前を調べている内に、街に入った時の手続きで私がでっち上げたルビナの素性を知ったのだろう。
師匠の身内と知った時の驚きは想像に難くない。
「ディアン様、あの、どういたしましょうか……?」
ルビナ、困惑するのは分かるけど、お願い私に振らないで。
団長も怯えた目で私を見ないで。
「ルビナはどうしたい」
「……この方がディアン様を殴った事は許せないです。それに女将さんへの暴言も不愉快でした」
「も、申し訳、申し訳ありません……!」
珍しく厳しい声色のルビナに猛然と震え出す団長。
すみません、追い詰めるつもりじゃなかったんです。
ルビナの意思と言うか、あの騒動をどう思ったのかを聞いておかないとと思っただけで。
しかしこの感じだとルビナ自身の怒りはないのか?
震える団長は一旦置いて、再度尋ねる。
「ルビナは自分のされた事に怒りはないのか」
「私は声をかけられただけですし、ディアン様がかばってくださったのが嬉しかったので……」
うわぁ団長が救世主を見るかのような潤んだ目でこっちを見てくる。
違う違う私がルビナの怒りを収めた訳じゃない結果論結果論。
「私をかばって殴られたディアン様が怒っていないのでしたら、私に怒る理由はありません」
まぁ私も反撃したしな。今朝には痛みもなかったし。
何より解決策が思いつかない中で勝手に解決してくれた安堵感が凄い。
「ルビナに不快な思いが残らなかったのであれば、私にも怒る理由はない」
「ゆ、許して頂けるのですか……」
安堵の表情を浮かべる団長。
とは言えこの街のためにも、騎士の名誉のためにも、このままという訳にはいかない。
「団長、これは放免ではなく執行猶予とお考え頂きたい。もし今後もこういった不祥事が続くようでしたら……」
「も、勿論です! 二度とこのような事は起こしません!」
今の状況なら、この位の身分差を弁えない要求も許されるだろう。
平民蔑視や賄賂についても言いたいところだが、これ以上調子に乗るのは危険だ。
これで街の人達への迷惑や、騎士への風当たりとかも少し改善されると良いな。
「おぉ、流石我が弟子。なかなかの名裁き」
「え?」
え、この声って……!
「浅学な私では騎士団長の責任の取り方と言うものが良く分からないので、色々な方にお話を伺わなければ判断できませんからねぇ」
振り向いた先に見える銀の髪。
若葉を思わせる翠の瞳。
間違えるはずのない、しかし今ここで会うはずのない顔。
「し、師匠……?」
「し、シルルバ、様……?」
王国相談役にして私の師匠、シルルバ・ギーンその人が部屋の入口で微笑んでいた。
一話から名前だけは出ていた師匠、満を辞して登場。
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