第十話 月に叢雲、酒に陰 その六
「放せっ! 私を、誰だと思っている! 私は……!」
「名乗るな」
「ぎゃっ!」
捻りあげる力をちょっと強くして黙らせ、声を落として男の耳に送り込む。
「街を守ると言った者が酔って人に絡んだ挙句、あっさり取り押さえられたなど恥にしかならない。己の立場を考えろ」
「ひぃ……!」
もう知られちゃってるだろうから手遅れな気もするけど、せめてこれ以上騎士の恥をさらすのはやめてもらいたい。
私達普通の騎士の評判にも関わってくるんだから。
「私は王国騎士のディアン・オブシだ。文句があるなら明日酒が覚めてからまた来ると良い」
「分かった! 分かったから放してくれぇ!」
情けない悲鳴を上げる男を解放する。
起き上がった男はよろけながら店を出て行った。
「ふぅ……」
「ディアン様! 大丈夫でしたか!?」
ルビナが駆け寄り、湿らせた布を殴られた頬に当ててくれる。
あぁ、冷たさが心地良い。
「あぁ、大した事は無い。ルビナは大丈夫か」
「私は大丈夫です。ディアン様が守ってくださいましたから」
「それなら良かった」
ルビナの顔に怒りがない事に一安心。
むしろ何だか嬉しそう。
「騎士様……」
「すまないな女将、騒がせた。もう大丈夫だ」
「いやでもあの人……」
浮かない顔の女将。
店にとばっちりが行かないようにと敢えて騎士と名乗った。騎士対騎士の揉め事なら大した問題にはならないはずだが、他に何かあるのだろうか。
「最近ここの騎士団長になった貴族様、なんだけど……」
え。
「騎士様、大丈夫なのかい?」
私の顔から酒が醒める音がはっきりと聞こえた。
やはり暴力は全てをややこしくする。
第十話終了となります。
読了ありがとうございます。
次話から第十一話「恐怖の断罪」になります。
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