第十話 月に叢雲、酒に陰 その四
かつて竜の伝説の一つで、大量の酒で酔い潰して退治する話があった。
「美味しいですねぇディアン様ぁ」
「それは良かった」
今のルビナを見ていると伝説はあくまで伝説なんだなぁと思う。無理だよこれ。
「……にーちゃん。何つーか、ねーちゃん、凄いな……」
小樽二本分は軽々と空けているルビナに、ようやく周りも異常な事態である事に気づいたようだ。
このままだとルビナが怪しまれる。
私だけでも平静を装っていなければ。
「そうだな」
「驚かねぇんだな。あれ大丈夫、なのか?」
私が聞きたい。
腹が膨れる様な体形の変化もないようだが、どこに消えてるんだろうあの酒。
以前ルビナはどんなものでも魔力に出来ると言っていたが、あれ全部魔力に変換してるのか?
「ルビナ、大丈夫か」
「はぁい、大丈夫でぇす」
うーん、分からない。
相変わらず変化と言えば僅かに口調だけ。表情も顔色もいつものままだ。
竜だからと思っている私でも、小樽二本以上の酒を飲んでこの状態はちょっと怖い。
私でこれだから周囲の恐怖は如何ばかりだろう。
酒の上の幻とでも思ってもらうために、そろそろ引き上げた方が良いようだ。
「ルビナ、そろそろ部屋に戻ろう」
「分かりましたぁ」
「お、おう、おやすみ」
「き、気を付けてな」
昨夜と違って今夜は引き止めの声はかからない。そうだろうな。
「さて、私は用を足してくる。少し待っていてくれ」
「はぁい」
今なら少しルビナから離れても酒を勧めるような無謀な者はいないだろう。
ルビナの笑顔と、その他大勢の引きつった笑顔に見送られ、私は席を立った。
その日 小心騎士は思い知った…… 竜に飲み尽くされる恐怖を……
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