第十話 月に叢雲、酒に陰 その三
おかしい。どこで私は間違えたんだ。
「美味しいですねぇディアン様ぁ」
「……そうだな」
「おぉいいぞねーちゃん! もっと飲めー!」
「ありがとうございますっ」
昨晩の頼んでないのに増える空瓶の悪夢が目の前に再現されている。
こうなる前に引き上げるはずだったのに。
今頃ほろ酔い気分で夢の中だったはずなのに。
何故だ。いや理由は明らかなんだけど。
「はいよ! これはジプさんからの差し入れね!」
理由が酒持ってやってきた。
そう、女将のあの一皿で流れが変わった。
心遣いに応えねばと三本目を注文した私達を見て、周りの常連が今日もルビナの飲みっぷりを見たいと集まりだしたのだ。
「ねーちゃん! どんどん飲んでくれ!」
「そいつが空いたら次は俺から一本おごらせてくれ!」
怒涛の注文。まずい、状況は悪化する一方だ。
情に流されたら碌なことにならない、
今まで何度も味わってきたはずなのに、と己の甘さを後悔する。茸は美味しかったけど。
「ディアン様にもお注ぎしますねぇ」
ルビナの心遣い。
だが時として親切が人を追い詰めることもあるんだよルビナ。
「折角ねーちゃんが注いでくれたんだ! にーちゃんも一息に飲んじまいなよ!」
「いや、折角の酒だ。味わって頂くとしよう」
「そうかい? じゃあその分ねーちゃんが飲みな!」
「はぁい、いただきまぁす」
言うなり器を空にするルビナ。上がる歓声と拍手。
全然飲む勢いが衰えないのが凄い。これは周りの常連が飲ませたくなるのも分かる。
見た目うら若いルビナが水のように酒を空けていくのは気持ちの良いものだろう。……仕方がない。
「女将、揚げ芋と炒り豆を頼む」
「はいよ!」
腹に溜まらないつまみを頼んで長期戦に備える。
まぁ明日は特に用事がある訳でもない。
部屋でのんびりするのも悪くないだろう。
「はいお待ち!」
「ディアン様ぁ、これは何ですかぁ?」
机に置かれる揚げ芋と炒り豆。ルビナが目を輝かせている。
「揚げ芋と炒り豆だ。どちらも酒に合う。飲みながら食べると良い」
「ありがとうございますディアン様ぁ。いただきまぁす」
今日一日の成果か、単純に酔っているからなのかは分からないが、こうしてルビナが遠慮なく食べたいように、飲みたいように振る舞うこと自体は歓迎するべき事だろう。
「ゆっくり飲めよ」
「はぁい」
限界まで飲んだルビナがどうなるのか、正直恐いと思う部分もあるが、今宵はルビナが満足いくまで付き合う事としよう。
余裕? 何のことだ? これは「油断」というもんだ
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