第十話 月に叢雲、酒に陰 その一
前話までのあらすじ。
失った竜の娘の誇りを取り戻すべく、街を巡った小心者の騎士ディアン。その中で今まで抱いていた恐怖が薄れている事に気付いてしまった。宿は相部屋、小心騎士の理性は果たしてどこまで耐えられるのだろうか。
それでは第十話「月に叢雲、酒に陰」お楽しみください。
「ではディアン様、乾杯、です」
「乾杯」
喉を通る酒が美味い。昨日とは大違いだ。
「美味しいですね」
「あぁ、そうだな」
ルビナの満面の笑みを見ていると、改めてルビナに対する恐怖は薄れていることを実感する。
「今夜はあまり飲み過ぎないようにな」
「は、はい! も、申し訳ありません……!」
昨日ほど飲まれては困ると冗談交じりで釘を刺したが、昨夜というか今朝の事を思い出したのか顔を赤くして俯くルビナ。
いや、八本も十本も空けたりしなければ良いだけなんだけど。
「何も責めている訳ではない。ただ昨日のようにあまり一度に飲むと具合が悪くなる事もある。楽しくゆっくり味わおうと、それだけの事だ」
「分かりました。ゆっくり味わって頂きます」
よし、何とか一、二本で収められそうだ。
「あいよお待たせ!」
「わぁ……!」
女将が持ってきた料理にルビナが歓声を上げる。
そこには挽肉料理の最高峰と言っても過言ではない物が湯気を上げていた。
「これが今朝ディアン様が仰っていた料理なんですね!」
「そうだ。ここで食べられるとは思っていなかったがな」
昼に魚の方を選んだルビナの選択、大正解。
「では、いただきます」
「いただきます」
小刀を入れると断面から溢れ出す肉汁。そう、これだよこれ。
肉の脂身すら細かく叩いて練りこむ事で、肉の内部から流れるように溢れる脂。
これが一枚肉では味わえない素晴らしさだ。
「美味しいですディアン様!」
「ルビナ、少し口の中に肉が残っている時に酒を飲んでみると良い」
「はい。……~~~!?」
ルビナの目が驚愕に見開かれ、次いで陶酔の色に変わる。
この脂を酒で流す快感はルビナにも伝わったようだ。
貴族や騎士には野暮な料理と揶揄する者もいるが、酒で化けるのがこの料理の真骨頂だと私は思っている。
あと酒の進みと酔いを抑える意味でも効果がある。ゆっくりだ、ゆっくりだぞルビナ。
「美味しい、美味しいです……!」
「それは良かった」
満面の笑みで頬張るルビナに思わず頬が緩む。
思えば竜皇国への特使を引き受けてから、気を緩められたのは今日が初めてかもしれない。
……いかんいかん、まだ任務の途中だ。
それに気を緩めすぎると男の本能が暴走しかねない。
とりあえずちびちびと酒を飲む。うん美味い。
このまま何事もなく任務が終わりますように……。
人は何故旗を立てずにはいられないのか……。
読了ありがとうございます。