第八話 生まれた違和感 その六
「ディアン様」
「何だ」
ルビナが近寄ってきて小声で話しかけてくる。
「この首飾りが切れたり無くなったりしないように、魔法を使ってもよろしいですか?」
「魔法でそんな事もできるのか」
「はい。魔法でこの鎖の構成に働きかけて、延性と弾性を高め、数倍まで伸びても千切れないようにします。そして私の魔法が宿れば、世界のどこにあっても追跡魔法で見つける事ができます」
高価な品だし治安の悪い場所もあるので、取られない為の対策はするに越したことはないとは思うが、そこまでする必要ある?
まぁ公衆浴場とか外す機会も無いとは言えないけど、万が一で奪った泥棒は後悔では済まない恐怖を味わうだろうな。
「構わない。周囲に気づかれないようにな」
「分かりました」
ルビナは目を閉じ、首飾りを握って小声で何かを呟いている。恐らく魔法の詠唱だろう。
「あの旦那」
「何だ」
今度は店主か。私を軽く引き、ルビナを横目で見ながら耳打ちしてくる。
「見たところ旦那は未婚のようですが」
「そうだが」
何が悪い。予定も経験も無いが何が悪い。
「あのお嬢さん、本当に故郷に帰しちゃうんですか?」
「あぁ」
「勿体ない! あの様子だとお嬢さん、旦那に完全に惚れていますよ! 間違いない! 旦那だってあれだけの金額を出す覚悟があるって事は、元奴隷っていう偏見は無いんでしょ? 嫁にしてずっと傍に置いてあげれば良いじゃないですか!」
ずっと傍に、か。それが出来たら苦労はない。
「まぁ事情が色々あってな。まずは故郷に帰してからだ」
「そうなんですか……。もし指輪のご用命がありましたら是非!」
「考えておく」
勢い込む店主を軽くあしらう。
今の会話の中で何かが引っかかった。何だ? 何がおかしかった?
「終わりましたディアン様」
「そうか」
ルビナの言葉に思考を中断する。
まぁいい、すぐに思い付かない事は考え詰めるよりも別の事を考える方が早い時もある。
「さて、そろそろ昼時だ。ルビナ、食べたいものは決まったか」
「えっと……、じゃあお魚でお願いします」
「分かった。店主、良い買い物が出来た。感謝する」
「こちらこそありがとうございます! またご贔屓に!」
店主に礼を告げて店を後にする。
胸の中に広がる違和感をそのままにして。
どう見ても完全に逢引。
第八話終了となります。
読了ありがとうございます。
次話から第九話「心、うつろい」になります。
今後ともよろしくお願いいたします。