第八話 生まれた違和感 その五
「お見逸れいたしました!」
騎士の詰所での貯金の引き落としの手続きを頭の中でおさらいしていると、店主が急に頭を下げた。
何だ一体!?
「お嬢さんが奴隷だったと聞き、金に飽かせて女性を買い漁るような下衆野郎かと思い、恥をかかせて追い返すつもりでおりましたが、旦那がお嬢さんの事を心から想っていると伝わりました。大変失礼をいたしました。この値段は下げさせていただきます。……改めてこちらを」
新たに提示された金額は、先程の百分の一以下の金額だ。
本物の値段としては破格に過ぎる。
「誤解が解けたなら何よりだ。だがこれほどの値段で良いのか」
「なぁに構いません。それはとある老貴族の持ち物でしてね、若い頃想い人に渡せずじまいで、さりとて捨てるには忍びない、処分に迷っている内に結婚して年を取り、死後見つかったら若い時の恥がばれるか、浮気を疑われるかってんで、内々に処分してくれって言われて破格で買い取ったやつなんですよ」
そんな宝石に百倍の値を吹っ掛けたのかこの店主。
まぁそんな種明かしをしてくれるという事は、本当に信頼してくれたのだろう。
私は財布に優しい代金を支払う。
「確かに頂戴しました。ではこちらを」
「ありがとう。ルビナ、後ろを向いてくれ」
「はい……!」
ルビナの首輪を外し、首飾りをかける。
「あの、いかが、ですか……?」
「おぉ……」
「いやー、これはこれは……」
振り向いたルビナに息を呑む。
宝石一つでここまで気品と美しさが跳ね上がるものなのか。
まるでルビナのために作られたかのような錯覚さえ覚えるほど、首飾りはルビナの首元に完璧に収まっていた。
「あの……」
不安げなルビナ。私達の絶句を別の意味に捉えてしまっているようだ。
「あ、いやー! あまりにもお似合いで言葉を失いました! お美しい! 気品まで漂っていらっしゃる! お嬢さんの首元を飾るためだけに作られたんじゃないかと思うほどです! まるで美の女神様のようですよ! ねぇ旦那!」
「本当、ですか……?」
店主の大絶賛にもルビナの不安は拭えない。縋るような目を私に向けてくる。
これは普通の褒め言葉じゃ駄目だよな。かといって間を空けたらまた不安にさせる。
何を言えば、えーっと、えーっと!
「あぁ。とてもよく似合っている」
私の馬鹿あああぁぁぁ! 言いたい事を殆ど店主に言われたとはいえ、幾ら何でもこれは無いだろう!
ルビナが買うのやめますって言ったらどうする! いや助かるけど!
だが別れの覚悟のために欲しがった物を諦めさせたくはない!
「本当ですか!? ありがとうございます!」
満面の笑みで喜ぶルビナ。
あれ? 何がそこまで嬉しかったんだ?
喜んでいるなら良いけど。
後攻有利は料理対決だけ、そんなふうに考えていた時期が私にもありました。
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