第七話 伝わる想い その三
安心した笑顔を浮かべるルビナを見ながら、息を吸って覚悟を決める。
「だが、ルビナが私といることに幸せを感じていたとしても、それは遠くない未来に終わるものだ」
「……え……」
「私は人間で、ルビナは竜だ。寿命からして違う。恐らく私はルビナよりも先に死ぬだろう。いつまでもルビナの傍にはいられない」
「そんな、そんなの……、嫌です……、嫌……」
永遠を信じて疑わない子どもに、いずれ来る親の死を告げるような残酷さ。
私の傍にいられないのなら死を、とさえ思うルビナにはそれ以上の辛さだろう。
予想通り、いや予想以上に青ざめるルビナ。
「その時ルビナが幸せに生きていけるよう、算段を付けるつもりでいる。いくつか方法はあるが、私は竜の国に帰り、竜の中で生きるのが一番だと思う」
「……そんな、そんな事……」
考えたくもないといった様子で頭を振るルビナ。
しかしそれではこの先もっと大きな痛みを受ける事になる。
……仕方がない。責任は取ると覚悟は決めたはずだ。
「だがそれまでの間はずっと傍にいる。そしてルビナの望みを私の力の限り叶えていく」
「私の、望み……?」
「そうだ、ルビナが自分自身の生き方を見つけるために、ルビナ自身から生まれる、こうしたい、こうなりたいという想いを一つでも多く見つけて叶えていく」
「私の望みは、ディアン様と一緒にいられれば、それで……」
予想通りの答え。それで良ければ私は楽だが、いかに楽でも目的地に辿り着けない道では意味がない。
「私と共にいられれば他には何も要らないと」
「……はい……」
「いいのか。この町は流通の要所なので、様々な物が食べられる。例えば蜂蜜をたっぷり使った甘く柔らかい金色の菓子、とかな」
「!」
よし、反応した。
「昨日の夕食の魚は焼いた物だったが、衣を付けて油で揚げた物は、食感がまるで違う。さくさくのふわふわだ」
「……」
生唾を飲み込む音。よしよし。
「肉を細かくしてこねた物を焼いた料理もある。これは厚切り肉のような一枚肉と違い、柔らかい上に様々な部位の肉の味がひとまとめになって新しい味になっている」
「……」
目が輝きだした。やはりルビナは食べ物に弱いな。
「口の中で泡のように溶ける菓子、反対側が見えるほど透き通った涼菓子、絹のような舌触りの卵菓子。どれもルビナが望めば手に入る。そしてそれを求めても私が傍から離れる事はない。それでも要らないのか」
「……うぅ……」
うーん、もうひと押し。
「ここなら服も色々手に入るな。ルビナの今の服は旅用の軽装だ。もっと綺麗な服は山ほどある」
「……」
反応が薄い。服にはあまり興味はないか。
「宝飾品も様々なものが手に入る。ルビナの名の由来とした、その紅い瞳に良く似た宝石もある。それを見たいと思わないか」
「私の、名前……、はい、見てみたいです……」
これにはあまり興味を示さなくても良かったんだけど。
「さて、ルビナは何を望む」
「私は……」
誘導はここまでだ。ここから先はルビナの中から生まれる想いに従おう。
「私は、ディアン様と、美味しい物を食べて、一緒に美味しいって、言いたいです……」
まだ私ありきではあるが、その望みを叶えていこう。
ルビナの意志を育てるためにも、いずれ来る別れの時に、楽しい思い出を残しておくためにも。
「では行こう。まずは顔を洗って朝食だ。その後は市場を歩き、美味しい物を探して行こう」
「……はい!」
やれやれ、何を買うことになるか分からないが、支給された出張費から大きく足を出す事は間違いない。
これでこつこつ貯めた貯金も大幅に減る事になるだろう。
依存させた責任を取ると決めはしたが、私の中の商人気質が利の出ない出費に悲鳴を上げている。
だが惜しいとは思わないのが、少し誇らしく思えた。
責任を取る(巣から落ちた雛鳥を野生に返す決意に似た何か)。
読了ありがとうございます。