第六話 片時も離れずに その四
浴場から宿に戻ると、一階の食堂は既に大賑わいだった。
「あらお帰りなさい! どうだった? さっぱりした?」
「あぁ、いい浴場だった」
「そりゃよかった! お食事は? いつでもできますよ!」
「ならばお願いしようか」
「はいよ!」
女将に案内され、席に座って献立表を見る。
「ルビナ、何が食べたい?」
「ディアン様と同じ物が良いです」
「分かった」
同じ物を食べるなど申し訳ない、といった態度だった当初からすると、良い傾向だ。
「あら! 一緒のがいいの? んまぁ~、いいわねぇ!」
気が付くと女将が後ろに立っていた。注文を取りに来たのか冷やかしに来たのか、判断に困る接客はやめてもらいたい。
「じゃあうちのおすすめ定食はどうだい? 肉料理と魚料理を半々にして、麦餅と野菜と汁物を付けるよ!」
成程、悪くない。魚料理はまだルビナに食べさせた事が無かったからな。
「ルビナはそれで良いか?」
「はい」
「あいよ! おすすめ定食二丁!」
この店の賑わいならそうそう外れは無いだろう。混み具合から少し時間がかかるかな。
「お待ち!」
もう来たのか。
ってあれ? 酒瓶? 頼んでいないぞ?
「こいつはあたしからの奢りです! どうぞ!」
いや要らないんだが。
私はまだ任務中だし、ルビナは酒なんて飲んだことないだろうし、
「ディアン様、これは飲み物ですか?」
興味津々だし。
「これは果実を特殊な方法で貯蔵すると出来る、酒という飲み物だ。飲むと考える力や規範を守ろうとする意識を低下させる」
「恐ろしい飲み物ですね……」
正解。
「ではなぜあの方は私達にこれを勧めたのでしょうか?」
多少酔っ払った方が色々円滑とか考えてるのだろうなぁ。
人間同士の逢引なら有り難い心遣いだが。
「それに他の皆様もお飲みになられているようですが……」
「酒には緊張を緩和させ、疲労や不安を一時的に多少軽減する効果があるからだ」
「そうなのですね。ではディアン様、どうぞお飲みください」
労わられている。疲れてると思われているのか。
「そういう時はね、注いであげると男は喜ぶものよ!」
また来たか女将! 仕事をしてくれ!
と思ったら定食の野菜を私とルビナの前に並べていく! 仕事だ!
「分かりました」
ルビナはルビナで素直だし!
「ではディアン様、お注ぎします」
ここで断るのも角が立つ。
器を持つと、ルビナは恐る恐るといった感じで注いでいく。
「ほぉら騎士様も!」
「ルビナ、器を」
「はい」
飲ませて大丈夫なんだろうか。
いきなり竜に戻って火吐いたりしないだろうな。
どんな酔い方をするのか分からないのが怖いので、様子見で少なめに注ぐ。
「ルビナ、口に合わないと思ったら無理をしないようにな」
「分かりました」
「では乾杯」
「かん、ぱい……?」
あぁ乾杯も知らないよな。
「酒は誰かと飲む時には、器を軽く合わせて乾杯と言うのが一つの習わしのようになっている」
「分かりました。では乾杯」
「乾杯」
器が澄んだ音を立てて触れ合った。
お酒入りまーす。
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