第六話 片時も離れずに その二
女将が姿を消し、部屋には二人だけ。うぅ、気まずい。
「ディアン様、私は何を頑張ればよろしいのですか? それにあの方はなぜあれほど上機嫌に……?」
「さてな」
「私がディアン様に何か出来る事があるのでしょうか……」
女将の軽口に不安になり始めてる。
説明すると面倒になりそうだけど、しないとルビナの不安が大きくなるばかりだ。
うぅ、こういう場合の無難な説明ってどうすれば良いんだろう。
「彼女は私とルビナを恋人同士と勘違いしたのだろう」
「恋人同士、ですか?」
竜に恋人の概念はないのか、それとも対応する言葉が見つからないだけなのか、きょとんとした顔をするルビナ。
何と言ったら伝わるだろうか。番なんて言ったらまずいだろうし。うーん。
「お互い好意を持っている男女、と言ったところか」
「わ、私と、ディアン様が、お互いに、好意を……? わぁ……!」
喜んでる!? 何で私なんかと恋人扱いされた事がそんなに嬉しいの!?
「ルビナ、彼女の勘違いだからな」
「あ、勘、違い……。そう、ですよね……」
すうっと表情が消えるルビナ。
しまった。恋人という事を否定したつもりだったが、ルビナにしたらお互いの好意を否定したと受け取ったかも知れない。
「ルビナ。年配の女性というものは、とかく男女を恋人扱いしようとするものだ」
「そうなのですね……」
「だがそれは私達が恋人でなくとも良好な関係に見えたと言う事でもある。そしてそれは事実だ」
「良好な、関係……」
よし、ルビナの表情が和らいだ。ここだ、ここで話題を変えよう。
「とりあえず、浴場へ行こう。汗を流したい」
「分かりました。……あのディアン様、その恋人という関係になるためには、私は何をしたら良いのでしょうか? 女将さんが頑張れと言っていたのはその事なのではと思うのですが……」
何で今知ったばかりの恋人関係にそんなに前向きなの!?
あ、そうか! ルビナの中で、恋人というものは現在の関係性より高位のもの、という印象になっているのか! 面倒な事になった!
「そうだな、二人で楽しい時間を重ねていく事が必要となるだろうな」
「分かりました。ディアン様に楽しく過ごしてもらえるよう頑張ります」
いつかルビナが恋人の正確な意味を知る可能性を考え、無難かつ嘘ではない回答をしておく。
しかしルビナの反応が気になる。私二人でって言ったよね?
昼食を一緒に食べたいと希望したルビナの言葉から察するに、私と一緒にいればそれだけで楽しいとか考えてるのか?
それは既に……。
「さ、浴場が混む前に行くぞ」
「分かりました」
いや、竜と人間の恋愛感情が同じとは限らない、と思考を無理矢理切り上げる。いざとなったら師匠に何とかしてもらうしかない。
……結婚して竜族と人間の懸け橋になれとか言わないよな……?
竜の怒りを鎮めるために身を捧げる乙女の物語が頭をよぎった。勘弁してほしい。
生贄の乙女役にはまだ若干の空きがございます。
読了ありがとうございます。