第一話 小心騎士と竜の出会い その二
「こ、これは……」
「ぐるるるる……」
馬小屋の中、馬の手綱を握ったまま、唸り声を上げる生き物の前で私は立ち尽くしていた。
鈍色の鱗、太く力強い四肢、しなやかな尾、蝙蝠を思わせる翼、長く大きく人を二口で食べられそうな口、炎のように輝く瞳……。
「これが三年前に捕まえた大蜥蜴ですだ」
竜じゃないかあああぁぁぁ!
「騎士様、どうなすったんで?」
「い、いやこれは、どう見ても、りゅ」
「がうっ!」
「!?」
突如の吠え声に思わず言葉が止まる。
「これっ! 騎士様に吠えちゃなんねぇだ!」
「きゅーん……」
馬をなだめながら、村人の叱責に縮こまるその姿を眺める。竜を知る身からしたら信じられない。
ひとまず馬を生き物から一番遠い所につなぎ、私は村人の元に戻る。
「え、あ、あの、りゅ」
「……!!」
無言で首を振る竜に、反射的に口をつぐむ。駄目なのか!? 竜と呼んではいけないのか!? 何故!?
「えーっと、これが大蜥蜴、なのか」
「……! ……!」
生き物の様子を見ながら探り探り話をすると、小さく頷いている。
竜族は誇り高く、蜥蜴などと呼んだら殺されても文句は言えないと師匠は言っていたのに……?
「そうだよぅ。やっぱりお城の方にはいねぇだか」
「あ、あぁ、初めて見たよ」
「ま、こったらもんいつまで見ててもしょうがねぇから、家の方に行きますべ」
「あ、あぁ……」
「きゅーん……」
正直言って気になって仕方がないが、促されるままに私は馬小屋を後にした。
夕食の席で世間話を装って、あのどう見ても竜にしか見えない生き物について聞く事にした。
「カルサ殿、あの大蜥蜴をどうやって捕まえたのだ」
「そったら大したことねぇだよ。山ん中で見つけたんで、尻尾引き摺って村まで連れて来ただ」
「ほう、それはすごいな」
嘘ぉ!? 農民は農作業で身体を鍛えているとは言え、あの巨体を引き摺って!? 一人で!? どういう身体してんの!?
「普通なら尻尾さ切って、逃がしてやるんだけども、珍しい雌だっちゅー事で、卵でも産めばめっけもんだで飼う事にしただ」
「飼う……。成程……」
「最初は言う事聞かねかったけども、段々大人しくなって、今じゃ馬の代わりに畑の車引いたりするだよ」
「畑、仕事……」
「どうかしたかね?」
まずい! 非常にまずい! あれが竜だとしたら、誇りと仲間を何よりも大事にするという竜族がどんな行動に出るか!
「騎士様?」
今回の書簡のやり取りで、下等種族と相手にもされてなかった竜族との対話の切っ掛けが、ようやく掴めたと言うのに!
同族が下等種族たる人間に拉致され、大蜥蜴などと蔑まれ、揚句牛馬のように扱われたとなったら、全面戦争、いや戦力差から言って一方的な虐殺を受ける!
「きーしーさーま!」
「あぁ、すまない。少し考え事をしていた」
村人が不審そうな目で私を見ている。
「……あぁ、分かっただ」
「何がだ」
気づかれたか!?
「食べてみてぇんだな? 尻尾の肉」
はあああぁぁぁ!?
「えぇよえぇよ。卵を産まなくなるんでねぇかと我慢していただが、三年たってもちーっとも産まねぇんでな、もう切っちまおうかってみんなで話してただよ。じゃ今からちょっくら馬小屋さ行って」
やめてえええぇぇぇ!
「だ、大丈夫だ。夕食は十分頂いているし、実は肉はあまり好きではなくてな」
「遠慮せんでえぇって。旅人に親切にするのがこの村の習わしだで」
「素晴らしい習わしだが、本当にお気持ちだけで結構だ」
「そうだか? んだらまたの機会にすっべぇ」
気が変わったようでほっと胸を撫で下ろす。
事態がこれ以上悪化する前に状況を整理しなくては!
優しさは時として人を追い詰める。
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