第四話 闇の中の光 その一
前回までのあらすじ。
誇りを失った竜の娘を連れて町にたどり着いた小心者の騎士ディアン。服を買い与え、ようやくひと段落と思ったところに町長から麦の値上がりへの対応を依頼される。竜の娘が失った誇りの回復という難題と共に辛くもこれを乗り越えるも、小心騎士の旅の終わりはまだまだ見えないのであった。
それでは第四話「闇の中の光」お楽しみください。
爽やかな風が頬を撫でる。
街道を進む私達の旅は快調そのものだ。
「ルビナ、良い天気だな」
「はい」
「……」
「……」
快調過ぎて会話がほとんどない。
共通の話題がないルビナに何を話していいのか分からないし、ルビナから声をかけてくる事も無い。
沈黙自体は苦手じゃないけど、関係性が希薄な相手と黙ったまま歩き続けるというのは辛いものがある。
「疲れはないか」
「大丈夫です」
「そうか」
「はい」
「……」
「……」
何か、何か話題はないか!
無難な会話と言えば天気の話。今やった。
体調の話。今やった。
出身の話、絶対駄目。
持ち物を褒める。私が買った。
容姿を褒める。仮の姿。
食べ物の話。これだ!
「ルビナ、あの芋餅はどうだった」
「美味しかったです」
「そうか」
「はい」
「……」
「……」
駄目かな? いや、でもこれ以外に共通の話題がない。祈るような気持ちでもうひと押し。
「昨夜の夕食の厚切り肉はどうだった」
「……美味しかった、です……」
お、ちょっと反応が変わった。食べ物の話題ならいけるか?
と言ってもこれ以上話題がない。
最初に食べた麦餅の話題は、草しか食べた事がない話に触れそうで怖い。
「少し早いが昼食にするか。芋餅と燻製肉だけだが」
「はい」
話題を増やすために食事をするというのもおかしな話だが、時間としても場所としても悪くない。
街道の端に寄り、背嚢から敷物を出す。
「ではいただきます」
「いただきます」
芋餅をかじる。
うーん、焼きたてでは柔らかく、歯ごたえも丁度良かったが、時間が経つと硬くなるのは麦餅以上だ。
食べごたえはあるが、同じく歯ごたえの強い燻製肉と合わせると顎が疲れる。
ルビナはどうだろう。
竜の顎の強さならあっさり食べてしまえるのだろうか。
「……んっ、くっ……」
手こずっている。
やはり竜にしてみても手ごわい食べ物のようだ。
「ルビナ、水も飲みながら食べると良い」
「ありがとうございます」
水筒を受け取り、喉を鳴らして飲むルビナ。
「芋餅は時間が経つと硬くなるな。仕方がないことではあるが、顎が疲れるな」
「そうですね。今まででしたらこんなに苦労した事はなかったのですが……」
……竜時代のお話でしょうか。
あの顎でしたら芋餅どころか私の腕位は一噛みですもんね。
話題の選択って難しい。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
「さて、では行くとするか」
「はい」
立ち上がって敷物を畳む。前と同様、ルビナが手伝ってくれた。
背嚢に入れて背負うと、ルビナは自分の背嚢を胸の前に抱えた。
そう言えば昨日買い与えた時からずっとその持ち方だ。私を見ているから使い方は分かるはずだが……。
「ルビナ、その背嚢、ずっと手で持っているが、背中に背負った方が楽ではないか」
「あ、手で持っていてはいけませんか」
「いけないという事はないが……、持ちたいのか」
「はい。これまで自分の物と呼べるものは何もありませんでしたから」
ぐぅ。切ない。だから宝物みたいに持っていたのか……。
あれ? でも竜皇国にいた時はどうだったんだろう?
竜の誇りを失ったからと、その頃を無かった事にしてしまっているのか?
それともその時から何も与えられない不憫な生涯だったのか?
どっちを想像しても泣きそうになる。
「好きに持つと良い」
「ありがとうございます」
沈黙に耐えよう。これ以上危険な話題に触れないように。
会話が地雷だらけなら、もう黙るしかないじゃない!
読了ありがとうございます。