第十八話 死を越えた先の幸い その四
「全く我が弟子よ。君は随分と思い違いをしているようだ」
師匠がやれやれとため息を吐く。え、分かってないの私の方?
「君は確かに我が姪を欺いたり、誤魔化したりした。内心怯えながら虚勢を張ったりもしていた。だがそれは、何のためだ?」
「……自分の身を守る為、です……」
「それだけかね?」
「……」
言われて言葉に詰まる。
師匠の言う通り、自分の事だけを考えていたら取っていない選択肢もあった。
「それに君は竜皇国の姫である我が姪を囚われの身から救い出した。そして己をさげすむ呪いを苦難の末に打ち破り、誇りと笑顔を取り戻して国まで送り届けた。どうだね? まるで流行の英雄譚そのままだ。好意こそあれ嫌悪など思うべくも無いとは思わないかい?」
え。
「い、いや、それは確かに綺麗な所だけ掬い出せばそういう話になりますが、実際はそんな格好の良いものでは無かったはずで……」
「君はそう言うがね、私を始め君の記憶を見た竜族は、逃げたり投げ出したくなる恐怖や困難の中でも踏みとどまって行動する姿に、真の勇気を感じたのだよ」
師匠、大笑いしてたじゃないですか。褒めてくれてもいたけど。
「私と初めて出会った時もそうだった。君は、君より遥かに強い先輩騎士達を、赤子のようにあしらった私に立ち向かった。恐怖を越えて、仲間を守るために」
「……師匠、その話は勘弁してください……」
生まれて初めて見た本物の竜に、ぼろぼろ泣きながら、失禁する寸前まで怯えながら、師匠と交渉とも呼べないような拙い交渉をした記憶。
あれは私の人生の中でも最悪なものの一つだ。
「ふむ。君は未だにあの時の自分を恥じているようだが、それこそが竜の持ち得ない善性なのだよ。自分の命ならばともかく、誇りを捨ててでも他者の幸せを優先して行動できる。それは竜にとって最も困難な選択だ。それの前では本質に関わらない嘘や誤魔化しなど些細な事に過ぎない。なぁ我が姪?」
「はい。私もそう思います」
大きく頷くルビナ。そう、なのか?
英雄だの勇気だの話は半信半疑だが、ルビナに失望されなかった事、嫌われたのではなかった事が、思った以上に私の心に安堵をもたらしていた。
師匠やルビナが細かい事と言ってくれるなら、それで良いのかな。
……でも、まぁ、嘘や誤魔化しは減らしていこう。うん。
不良の優しさが高評価される理論に似た何か。
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