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提案とお仕事

「帰るまでの間、私の助手をしませんか? 」


 ジョシュ……助手!?


「え、助手ですか? 私が? 」

 驚きで口をパクパクさせている私を横目で見つつ、葉月さんは道具を色々取り出す。


「ええ。薬師はかなり大事に扱われる存在。腕の良い者などは、専属として雇われることもあるのです。助手もまたしかり。つまり、結奈さんの良い後ろ盾になると思うのです」

 おぉ! と私は前のめりになった。

 薬学を学びながら自分を守れるなんて、まさに一石二鳥だ。

「それ、すごくいいアイディアですね! 漢方薬についても学んでみたかったので、是非やらせてほしいです」


 交渉成立。


 一呼吸置いて、葉月さんが座布団を二枚持ってきた。

「そうと決まれば、さっそく作業の説明をいたしましょう」

 そう言うや否や、葉月さんは戸棚から小さめの(かめ)をとりだした。

 続いて、深底の大鉢(おおばち)に水を汲む。

 その二つを調合台へ並べると、私の方へ向き直った。


「今からやってもらうのは、質の悪いオオバコの種の除去です。材料の質は薬の質に大きく左右しますので、きちんと見定めしなければいけません」


「私、目利きなんてしたことありませんよ? 」


 なんだか重要な役割を任せられた気がして慌てる。

 こっちの世界の人に、果たして薬学部2年の力量がわかるのだろうか、いやわからないだろう。


 しかし、慌てる私に葉月さんは「大丈夫です」といって微笑んだ。


「本当に簡単な作業ですから」


 葉月さんはお手本とばかりにゆっくりな手つきで大きめのスプーンをかめの中に突っ込み、種をすくいあげる。


「種はこのようにとても小粒なので、一つ一つ見分けることはしません。こうやって水の中に入れて、浮かび上がってきたものが不良品です」


 大鉢の水に浮かぶ種を、(あみ)杓子(しゃくし)で掬って別の容器へ移し替える。


「ね、簡単でしょう? 」


 私はその言葉に頷き、早速取り掛かることにした。


「その種子を乾燥させたものを車前子(しゃぜんし)といい、主に咳止めと下痢止めに使われます。では、そちらはお任せしますね」


 説明が終わると、葉月さんは籠の中身を取り出していった。

 種類ごとに紐でまとめられている。

 ほとんどが知らない薬草だったが、一つだけ、スーパーでよく見る()()があった。


「それって……山芋ですか? 」


「ええ。山芋には消化を促進させる作用がありますし、ねばつきがあるので、丸剤(がんざい)のつなぎ剤にもってこいなのです。それに、薬膳にすると凄く美味しいですし! 」


 嬉しそうに手を合わせる葉月さん。

 狐耳のせいか、一々仕草が可愛い。


(料理上手だし博識だし優しいし……うん、これはモテるね)


 自分の作業に熱中しだした葉月さんを見て、私はそう確信した。


 それから約3時間。

 私達は作業に没頭した。

 一つ終わったら葉月さんのミニ講習を受け、また一つ終わったら講習を受け。


 地下ということもあり、完全に私は時間の感覚が分からなくなった。


「もう5時ですか」


 そう葉月さんが呟くまでは。


(……時計あるんかい! )


 しかも現代にあるような腕時計だ。

 背景と服装に合わなさ過ぎて、イマイチ時代風景にノリきれない。


(ここは和時計を使うべきでしょ)


 高校生時代に習った十二支の和時計が、頭の中でむなしく散ってゆく。


「そろそろお夕飯の準備をしてきます。結奈さんはどうされますか? 」


 道具を片付けながら葉月さんが尋ねる。

 私は一瞬考えたのち、頷いた。


「私も丁度終わったので、夕食作り手伝います」

「助かります」


 葉月さんが後片付けを終え、部屋を出ようと立ち上がった。

 私もそれに習って腰をあげる。

 ──がしかし、私は気づいていなかった。

 普段椅子生活である自分が3時間も正座をしていたことに。

 前へ踏み込んだときの足の感覚があまりないことに。

 立ち上がることで血流が一気に良くなり、にぶくなっていた知覚神経が働きだすことを自覚したときには、もう既に手遅れだった。


 体が前につんのめり、どんどん畳との距離が近くなる。


(わぁぁぁ!! ) 


 驚きすぎて心の中で絶叫する。


 ──と、衝撃に備えて目を瞑っていた私の鼻を、爽やかなひのきの香りがくすぐった。


「大丈夫ですか!?」


 同時に至近距離から聞こえる葉月さんの声。

 ひどく焦っているところから、私が具合を悪くしたと思っているのだと察した。

 だが、そちらをなだめている余裕などない。


(え、ちょ、ちょっとまって! 私今どういう体勢!? )


 私もまたプチパニックを起こしているのだから。

 転びそうになったところを葉月さんが受け止めて、お互い正面を向いていたってことは──


(はたから見たら抱き合っているよね、これ。なにこの恋愛漫画みたいな状況! いやいやいや、それよりどうしよう。足が痺れて動けないんだけど! )


 ほんの数秒だっただろうに、とても長い間そうしていた気がする。


「あ、あの……」


 情けない声を上げる私に、葉月さんが慌てて動き出した。

 ゆっくり私を座らせてくれる。


「すみません。ご気分が悪かったことに気づかずに仕事をさせてしまって」


 肩も耳も、尻尾でさえも下げて、葉月さんがしょんぼりとうなだれた。

 そんな葉月さんの姿に申し訳なさと恥ずかしさがこみ上げてきて、私はぶんぶんと首を振った。


「違うんです、違うんです! 具合が悪いとかじゃなくて、ただ足が痺れて上手く立てなかっただけで! だから、えっと、なんかホント……すみません」


 顔が熱いので、おそらく真っ赤になっているのだろう。

 本当に穴があったら入りたい。

 葉月さんは私の言葉に一瞬固まり、事を理解して体の力を抜いた。


「なるほど……」


 葉月さんは一言そう呟いて、何か思案するような顔つきで立ち上がった。


「どうしましょうか。私が居間へお連れしてもよいのですが」


 私はまたも首を振った。


「歩けます! 」


(お連れするって、今度こそ負ぶっていく気なのかな? それはやだ! 恥ずかしすぎる)


 今度こそしっかり立ち上がると、葉月さんは可笑しそうに笑った。


「大丈夫そうですね。では行きましょうか。地下は少し冷えますから」


 再び暗い階段を上り、私達は居間に戻った。

 そのまま台所へ直行しかけた葉月さんが、ふと足を止めてこちらを振り向いた。

 真剣な表情に思わず背筋を伸ばす。


「結奈さん。もし何か身体に違和感を覚えたら、すぐに私に言っていください。この世界が人の体にどのような影響を及ぼすかわかりません」


 葉月さんの言葉は、私にとって目から鱗だった。

 そして同時に、先程の葉月さんの慌てぶりを理解する。


(そっか。だからあんなに慌てていたのね)


 なんだかちょっぴり嬉しい。

 両親を幼い頃に失くしている私は、親戚の家をたらい回しにされていた。

 気にかけてもらっていたのは事実だが、私にはどれも表面上の心配としか感じられなかった。


 もちろん感謝はしている。

 だが、葉月さんの心からの気遣いが、素直に嬉しかったのだ。

 私はコクリと頷いて了解し、先程の醜態しゅうたいを打ち消すべく、夕飯作りを張り切ることにした。

現代っ子あるあるでしょう。

長時間の正座ってかなり苦痛……。

立ち上がるまで気づかない結奈は、恐ろしい集中力の持ち主ですね。



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