過去の真実
「さて、結奈さん。あなたはどこまでご存知ですか? 」
「えっと、偽神様の存在について。それから……霊狐一族に起こった事件についても聞きました。でも、それはあくまで他人の視点です。私は、葉月さんの中の真実を聞きたいんです」
私は、葉月さんの目をしっかりと見て言った。
葉月さんは
「わかりました」
と頷いて、一匹の術玉を放った。
その子犬サイズの狐が、真っ白い空間に向かって突進していく。
「葉月さん、あれは? 以前送られてきた術玉と同じように見えますけど」
もふもふに引き寄せられそうになりながら、私は尋ねた。
「あれは私の記憶です。いえ、正確に言えば、私の神力の記憶ですね」
白狐はやがて空間に吸収され、代わりに襖が現れる。
その襖に顔を強ばらせた葉月さんが、大きく深呼吸をしてから、私の手を引いた。
「あの襖の先に、霊狐一族の住む屋敷があります。行きましょう」
強い眼差しで襖を見る葉月さんに頷いて、私は葉月さんの手を強く握り返す。
ここに居るよ、と伝えるために。
それに気づいたのか、僅かに口角を上げて、葉月さんはそっと襖に手をかけた。
ゆっくりと開けられた襖の先に見えたのは、広い畳の一室。
日本庭園に面した部屋で、鳥のさえずりが聞こえた。
(誰かいる! )
私はその【誰か】をじっと凝視した。
縁側に座る二つの背中には、尻尾と狐耳が揺れている。
1人はまだ幼くて、もう1人はガッシリとした体型の男性だ。
「この子……もしかして葉月さんですか!? 」
二人の正面に回ってみて、私は興奮気味に聞いた。
子供はまだあどけない顔で、ほっぺもふっくらしているけれど、面影はある。
尋ねる私に、葉月さんは恥ずかしそうに頷いた。
「ええ。これは……17年前の私です」
つまり5歳の頃の葉月さん。
(可愛い!! )
私は思わず顔を綻ばせた。
そして、その隣の男性を見る。
その男性は精悍な顔つきで、背筋をすっと伸ばしている。
なんとなく今の葉月さんと少し似ていた。
長い白銀を風になびかせており、私は確信する。
「隣にいるのは、葉月さんのお父さんですね? 」
「はい。正解です」
葉月さんは柔らかに微笑み、懐かしそうに目を細めた。
【葉月さんのお父さんは静かに庭を見ていたが、子供の葉月さんは足をバタバタさせたり、キョロキョロと周りを見渡したりと忙しない。
『父様は何を見ているのですか? 』
ふいに、可愛らしい声で子供が聞いた。
じっとしていることに耐えられなかったのだろう。
葉月さんのお父さんは、切れ長の目を緩ませて、幼い葉月さんの方を見た。
『周囲の気配だよ。見るというよりは、感じている。侵入者が居ないかどうか。困っている人が居ないかどうか。気配を探って、それらを感じ取る。一族の長として、この能力は必ず養っていかなければならない』
『じゃあ、私も? 私も出来るのですか? 』
格好良い! と目を輝かせた息子に、父親は大きく頷いてみせた。
『勿論だよ。葉月も、沢山練習をすればできるようになる。なんといっても、お前は次期族長だからね 。要領の良いお前なら、きっと良い長となるだろう』】
「葉月さんって、族長の息子さんだったんですか!? 」
二人の会話を聞いて、私は驚きの声を上げた。
そんな私に頷いて、葉月さんはそっと自分の髪に触れる。
「ええ、そうでした。この白い髪は、一族の長を表すものなのです。必ずしも、同じ家元から白狐が産まれてくるわけではないのですが、私の家族は、代々族長を務めてきました」
つまり、葉月さんは名家の跡取りだったのだ。
「あっ! 結奈さん、場面が変わりますよ」
葉月さんの声と共に、親子の姿が煙となって消えた。
そしてまた、深緑の煙が景色を作り替える。
先程とは打って変わって、長い廊下が出来上がった。
そして、その廊下に立つ少年少女。
少し成長した葉月さんと、長い白銀の髪をもつ少女だ。
「あの女の子は? 」
「5歳上の姉、小春です」
「結構離れているんですね」
「はい。ですが、私と姉はあまり仲良くありませんでした」
私の隣に立つ葉月さんが苦笑しつつ教えてくれた。
兄弟の居ない私としては少し勿体なさを感じてしまう。
しかし、その気持ちは直ぐに消えた。
葉月さんを見る小春さんの目が、とても冷たいものだったからだ。
【『何で私の邪魔をするの? 遊びたいのなら、自分のお友達と遊びなさいよ』
『でも、私は姉様と遊びたくて……わっ! 』
しゅんと肩を落とす弟を、小春さんが突き飛ばした。
『冗談じゃないわ! 言っておくけどね、皆があなたを構ってあげているのは、仲良くしたいからじゃないのよ。気を遣っているのよ。あなたがいつ神力を暴走させるのかと怖がってね』】
私は、ぼんやりと座り込んでいる幼い葉月さんに手を伸ばしかけて、無駄であることに気づいた。
これは記憶の中のことだ。
頭を撫でることも、助け起こすことも出来ない。
もどかしさを感じると共に、私はある事実を知った。
皆がみんな、偽神様である子を歓迎していたわけではなかったという事実を。




