薬師の仕事
見張りと共に森で採ってきた薬草を薬研ですり潰しながら、私はぼんやりと昨日のことを考えていた。
葉月さんの幼い頃の出来事を聞いてから、私の心は荒れた海のようにざわついている。
(葉月さんは他人を殺めたことがある。……でも、きっと本意じゃなかったと思う。だって、10年経った今でも、彼は過去に縛られているんだもの)
過去の話を切り出す度に、葉月さんはとても辛そうな顔をしていた。
前も後ろも分からない闇のような、そんな目をしていた。
そんな葉月さんが、凶悪な妖であるはずがない。
(だから決めた。私は、誰がなんと言おうと、ずっと葉月さんの味方でいよう)
調合した薬を急須に移しつつ、私は一つ頷いた。
「ほぉ、なかなか良い手際だな」
見張りだけでは不安なのか、それともただ単に興味があったのか。
忙しい身ではずのセドリックが、何故か私の部屋に来ていた。
偉そうに腕を組んで見下ろしてくる男に、私は思わず半眼になってしまう。
なんで居るの? という疑問を飲み込んで、私は小さく肩をすくめた。
「師匠の腕が良いので」
事実、葉月さんの教えはとてもわかり易かった。
知識も豊富で、品質を上げるための方法や独自で開発した新薬の調合についても惜しみなく教えてくれた。
お陰で今、無事に薬が完成したわけだが……。
出来たての薬を煎じて渡し、私はセドリックが飲むところを見ていた。
少し緊張してしまうのは、この薬の出来によって、私の命の価値が決まるからだろう。
(自分としては良くできたと思うけど、どうだろう)
ゆっくりと薬を飲み干したセドリックは、僅かに目を見張り、私をマジマジと見つめていた。
(な、なに? なんか失敗した!? )
ドキドキと五月蝿い心臓を抑えて、私はセドリックからの言葉を待つ。
「……ふん」
(いや、どっちよ! )
軽く鼻を鳴らすセドリックに、私は渾身のツッコミを心で叫んだ。
無表情で湯呑みを置いて、さっさと見張りを連れて執務室に向かったセドリックを、私は唖然として見送る。
(……取り敢えず合格かな? 文句言われなかったし。にしても、何か言いなさいよ。こっちは無償で薬を提供しているんだから! )
ご苦労とか、美味かったとか、何か労わってくれても良いのではないだろうか。
(まあ、薬が美味しいことなんて無いけどさ)
ムスッと頬をふくらませながら、私は残った薬草を見る。
敢えて調合に必要のない植物も採ったため、調合台にはそれらが未だに残っていた。
暇潰しをするためというのは建前で、本当はあるものを作るためだ。
もしも葉月さんが助けに来てくれたとして、私が拘束されていたとしたら、葉月さんは動きにくくなるだろう。
だから、一応の保険として【煙玉】を作るのだ。
敵の隙をつくために。
作り方は知っている。
以前、薬草を取りに行ったときに実験と称して葉月さんと作ったことがあったのだ。
(まさかここで役立つとは……)
苦笑しつつ、私は直径40mmほどの丸い木の実、僗芳を手に取って中身をくり抜いた。
次に、煙隠草という雑草を千切りにする。
煙隠草は人参の葉を大きくしたような形をしていて、雑草にしては少し可愛い。
刻んだ煙隠草を、中身の取りだしたラウファンの中に入れて、中身が出てこないように残りの煙隠草で封をして完成。
くっつけるのに粘着力のあるヤドリギの実を使ったので、簡単には外れないはずだ。
ラウファンと煙隠草は、どちらも常世にのみ自生する雑草であるが、どうやら黄泉ではあまり知られていないらしい。
だから、怪しまれることなく持ち込むことが出来た。
僗芳は表面が硬く、神力や妖力を通しやすい性質を持つ。
対して、煙隠草は、神力や妖力に触れると敵だと認識し、隠れるように煙を出すのだ。
これは、神力などを帯びた動物から身を守るための性質らしい。
因みに、人間の私が触れても何も起きない。
ここがポイントだ。
ふっと笑みをこぼし、私は完成した【煙玉】を眺めた。
「完璧。さて、これを……」
コロリと手のひらで転がる3つの煙玉を、ポケットに入れようとしてピタリと固まる。
(あー!! この服、ポケットないじゃん! )
懐に潜ませて、いざと言う時に投げつけようと思っていたのに。
思わず頭を抱えた私は、恨みがましく着ている服を見る。
白レースの刺繍をあしらったネグリジェで、シンプルだが、どこか気品がある。
捕まった人間の指定服なのだろうそれは、ポケットどころか、引っ掛けられそうな凹凸すらない。
(……細工できるかな? )
ゴクリと唾を飲み込み、私は服の裾を掴む。
どうにか潜ませる方法はないだろうか。
「うーん」
唸りながら部屋を見渡す。
ワインレッドの天蓋ベッドや深紅のカーペット。
「どうしよう……あっ! 」
私の目にロココ調のチェストが映った。
その中には、替えのネグリジェと葉月さんから貰った着物がある。
私はチェストの中から淡藤色の着物を取り出して、そっと撫でた。
葉月さんからの初めての贈り物。
妖それぞれの形に合うように、と自由に形を変えてくれる妖蚕で作られている。
(これなら……いや、でも……)
美しく舞う蝶の着物は、きっと葉月さん自身で選んでくれたものだ。
着て最初に思ったのは、違和感がないという印象だった。
しっかり私の肌や目、髪の色と合うものを選んでくれたのだろう。
とても大事な宝物なのに。
それを私は、自ら壊すことになる。
(でもしょうがないよね。これ以外に使えそうなものがないから。……ごめんなさい、葉月さん)
ふぅっと一つ息を吐いて、私は一思いに着物を破いた。




