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さらわれた意味

 葉月さんが持ってきたテーブルに二人がかりで料理を運ぶ。

 ホカホカの白ご飯、生姜焼きとキャベツの盛り合わせ、きゅうりと梅肉とツナのサラダ、そしてベーコンと玉ねぎのコンソメスープ。


(……普通だ)

「普通でしょう」

 私の心の声と葉月さんの声がピタリと重なる。

「あ、いえ、そんなこと」

 失礼なことを考えてしまった、と反省しつつ否定すると、葉月さんは肩をすくめた。

「顔に書いてありますよ。あなたはわかりやすいですね」

 拗ねたような顔をしつつも、金色の瞳は笑っていた。


「桃源郷の食べ物は現世と大差ないですよ。安心して食べてください」

「はい。では、いただきます」

 しっかり合掌し、まずはスープを一口。

 温かくてコクのあるスープが喉を通り、お腹をじんわり温める。

 市販のコンソメスープと若干味が違い、あっさりとした口当たりだ。

「美味しい」

 そう呟いた私に、葉月さんは破顔した。


「よかったです。私、現世の物をちゃんと食べたことはないので、お口に合うかどうかわからなくて」

「そうなんですか? てっきり葉月さんは現世に行ったことがあるのかと思っていました。だって、こんなに詳しいんだもの」

「いいえ。こちらから現世へは行けないのです。まあ、人生で一度くらいは行ってみたいものですけどね」

 眉を下げ、茶碗をテーブルに置くと、真剣な顔で葉月さんは話し始めた。


「現世へ行くことができるのは、神様と黄泉の貴族だけなのです。ですが神様はそう簡単にお目にかかれません。ですから、帰るには黄泉の貴族に掛け合う必要があります」

 黄泉に行き、掛け合う……。

 パッとしない。

 まず、貴族などの階級があることに驚きを隠せなかった。

(まるで人間社会ね)


「では、私はこれから黄泉へ行けばいいんですね? 」

 戸惑いながらそう尋ねると、葉月さんは(かぶり)を振った。

「そこが問題なのです。……良いですか? 今から言うことを、よく頭に入れておいてください」

 一呼吸置き、葉月さんは真っ直ぐ私の目を見た。

 口を開いて声を発するまでが、いやに長く感じた。


「黄泉の妖は人を食べます」


 聞き間違いかと思った。

 さっき口にした食べ物は、どれも普通だった。

 それなのに……。

(妖が人を食べる……?  )

「結奈さん」

 真っ青になった私に、葉月さんは悲しそうな微笑を浮かべる。

「これはあなたがここにいる以上、とても大切なことです。無理だと思ったら止めてください。ただ、こちらから話を止めることはしません」


 葉月さんなりの気遣いに、私は頷いた。

 延ばし延ばしにしていても仕方ない。

 いずれ聞かなければならないことだから。

「お願いします」

 手を握りしめながら、私は続きを促した。


「あなたがこの世界へ来てしまった理由は、黄泉の貴族が呼び寄せたからです。彼らは数カ月に一回、人の魂を食べるために人間を(さら)います。本来でしたら、攫われた人の着く先は貴族の住む屋敷です。しかし結奈さんはここへ来てしまった。これ自体はまあ、よくあることなのです。転送術は針の穴に糸を通すような作業ですから、経験の浅い者がやると思わぬ所へ送ってしまう」


「それじゃあ、私は誤ってここへ送られてしまったんですね? 」

「そういうことになりますね……」

 やっと自分がここへ来た理由がわかった。


 しかし、知ってよかったと思う反面、知らない方がよかったとも思えてしまう。

 今の私は、水槽に放された(いき)()そのものなのだ。

 とても生きた心地がしない。


「こういっては心ないですが、結奈さんにとってはかなり幸運だったかと。もしお屋敷に着いていたら、すぐに食べられてしまっていたでしょうから。ですが、危険なことには変わりありません。今頃黄泉では、従者たちが血眼になって貴方を探しています。人間を放つ行為は禁止されていますので」


「……つまり打つ手なしってことですよね」

 桃源郷にずっといたら勿論帰れないけれど、黄泉に行ったら帰るどうこうの前に殺されてしまう。

 本当に打つ手なしだ。


「すみません。……ですが、できる限りのことはします。結奈さんも諦めてはなりませんよ。人生は意外と何とかなるものなのですから」

 話は終わったとばかりに、葉月さんは立ち上がった。


 空になった食器を片づけ始めた葉月さんを手伝いつつ、私はこれからのことを考えていた。

 この世界にいる間、ただ葉月さんを頼ってばかりはいられない。

 それに何よりやることがない。

 ネットも携帯もないのだ。

 何かできることはないだろうか。


 しかし、思い悩んでいるのも束の間だった。

「結奈さん。私はこれから地下の作業場で仕事をしなければなりません。簡単な作業なのですけれど、何分量が多くて。……お手伝いしていただけませんか?」

 そう言って、葉月さんはにこりと微笑んだ。

ご飯のシーンは、実は私の趣味だったりします(笑)

お付き合い下さいませ(*´﹃`*)

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