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目隠し札と知らない感情

 タウフィークが護衛に戻り、私は薬を飲んで休むことにした。

 横になろうとして、私はふと朔矢が顔を覗かせていることに気がつく。


「……朔矢、どうかしたの? 」


「先程の話、悪いが全て聞かせてもらった」


「ああ」


 思わず苦笑する。

 この薬師用の休憩室は、いくら仕切りで囲んでいるとはいえ、会話は筒抜けだ。

 聞かれていても不思議ではない。


「結奈を助けに行くのだろう? ならば、俺の情報も持っていけ」


「助かるよ。いくら払えばいい? 」


 そう尋ねれば、朔矢は肩を竦めて、口角を僅かに持ち上げた。


「言っただろう? 持っていけ、と。タダでいい。その代わり……頼みと言ってはなんだが、俺に月夜町の患者を任せてくれないか」


 私は驚いて目を瞬かせた。

 数秒かけて意味を理解し、心が熱くなるのを感じる。

 言葉の裏側に、「ここはいいから、助けに行ってこい」という真意が見えたのだ。


「朔矢にだったらいくらでも任せられるよ。むしろこちらからお願いしたいくらいだ」


 こうして、朔矢からの貴重な情報を手に入れることが出来た。


(あとは、結奈さんに連絡符を送ろう。それと術玉じゅつだまも)


 私は硯箱を取るために、風呂敷に手を伸ばしかけて、止めた。

 隣に置いてある結奈さんの風呂敷が目に入ったからだ。


 桜柄の、新品というには少し色のくすんだ風呂敷。

 それは、母が私たちなためにと繕ってくれた物だ。

 その風呂敷や中の着替えは唯一の姉の形見で、私は使いもしないそれらを、両親の形見ごと物置に入れて保管していた。


 ただ単に捨てられなかったというのもあるが、()()()()()に備えてあえて捨てなかった、とも言える。


(あの頃は本当に、全てが怖かった。他人が怖い。満月が怖い。赤色が怖い。怖くて怖くて、ずっと部屋の中に閉じこもっていた……)


 私は一度頭を振って、気持ちを切り替えた。

 今は余計なことを考えている場合ではない。

 今度こそ硯箱を手に取り、結奈さんに向けて手紙を書き始めた。

 それを終わらせれば、次は目隠し札だ。


 有り体にいえば、この術は現役の術使い時代でも使ったことは無い。

 平和な世の中には、需要のない術だったからだ。

 どのような札の造りだったかうろ覚えだが、私は覚えているがままに書き連ねた。


 文字の下に霊弧族の紋章である狐の印を描けば、完成だ。


(出来たけれど、確実に発動するか不安だ。何か確認する手は……ん? この足音は、タウフィークかな? )


 段々と近づいてくる足音と目隠し札を見比べて、私は「よし」と呟いた。

 そして、そっと札に神力を注ぎ込む。

 完全に術が発動したとき、タイミングよくタウフィークが入ってきた。


「ん? 葉月? ……まさか! 」


 私の寝ている布団へと視線をさ迷わせたあと、何を勘違いしたのか、慌てて踵を返した。


「これは少し面白い」


 ドタドタと騒がしい足音に、私は思わず笑いだした。

 そして少しの後悔をする。

 タウフィークを騙したことに、ではなく、笑った振動で傷に響いたことに。

 どうにか笑いを鎮めようとしていると、不機嫌丸出しのタウフィークが戻ってきた。


「葉月……お前何をした? 」


「目隠し札だよ。ちゃんと出来ているか確認したくて」


 私の言葉に、タウフィークはパチパチと瞬きをしてから、盛大にため息をついた。


「お前が、我慢しきれずに結奈ちゃんを助けに行ったんじゃないかと思って、こっちはかなり慌てたんだぞ! 」


「そのような不用心、するわけないだろう。何事にも準備は必要だからね」


 そう言えば、馬鹿にしたように鼻で笑われてしまった。


「起きたばかりのときは、そのまま助けに行こうとしていたくせに」


「なっ! あれは……」


 あれは目覚めたばかりで混乱していたからだ、と反論しかけて、私は言い淀んだ。


(本当にそうだろうか)


 思わず自問する。

 あのとき、私はしっかりと状況を把握した上で、助けに行こうとしていた。

 なんのために……?

 あのまま追いかけていったって、どうせ途中で力尽きてしまうだけだ。

 いくら意識が朦朧もうろうとしていたとしても、そのような愚かな考えを、果たして私はするのだろうか。


 じっと考え込む私に、タウフィークは肩をすくめた。


「まぁ、恋は盲目というからな」


「……え? 」


 自分では到底考えの及ばない言い分に、思わず瞠目どうもくして聞き返した。

 見れば、タウフィークはニヤニヤとからかうような笑みを浮かべている。


 昔からそうだ。

 二つしか年が離れていないのに、タウフィークはいつも私を弟扱いして、私の思い当たらないようなことを言う。

 まるで人生の先輩とでもいうように。

 それが悔しくて、何がなんでも見返してやろうと奮起したものだ。


「恋……」


 唖然と呟いた私に、タウフィークは重々しく頷いた。


「命懸けで護ったり、重傷を負いながらも助けに行こうとしたり。普通は好きでもない女に、そこまでしないだろ」


 そう言われても、正直実感がわかない。

 思えば、恋愛というものをしたことなど、これまで一度もなかった。


「恋というのは、一体どういうものなのだろうか」


 無意識にそう零すと、タウフィークはどこか納得したような顔つきでこちらを見た。

 若干哀れんだ目をしているのは何故だろうか。

 わからないが、非常に腹が立つ。


「じゃあ聞くが、今まで結奈ちゃんと過ごしてきて、ドキドキしたりモヤモヤしたことはないのか? 」


「ど、ドキドキ? モヤモヤ? 」


 そう聞かれて、私は慌てふためいた。


 擬音語だけで言われても困る。

 ドキドキもモヤモヤも、色々なところで感じたけれど、今一つ恋愛と結びつかないのだ。


「お、追っ手に気づかれないかとドキドキしたり、いつになったら結奈さんは安心して過ごせるのかとモヤモヤしたことは……ある」


 求められている答えではなかったのだろう。

 タウフィークが頭を抱えて、「育て方を間違えたか! 」と嘆いている。

 いや、別に育てられた記憶はないのだが。

 むしろ育てたのは私の方だ。

 朝に弱いタウフィークを叩き起して、食事中に肘をついたら叱り飛ばしていたし、勉強に飽きて逃げ出そうとしたときは、タウフィークの父と共に縛り上げたこともある。


 あの頃のタウフィークは、ことある事に父親に反抗していて凄かったなぁ、と物思いにふけていると、その本人に「聞いているのか!? 」と叱られてしまった。


「この際、恋愛の話は置いておこう。その時になったら分かるだろうし。それで話を戻すが……お前は今の状態で術を使う気か? さっきの術は、俺を驚かすためにしたわけじゃないんだろ? 」


 目を細めて、探るように尋ねられた言葉に、私は迷わず肯定した。


「勿論。正直、今が正念場だと私は思っている。だから多少の無茶もするつもりだ。私はこれから、結奈さんに手紙を送ると共に、術玉と呼ばれる、言わば私の分身を放つ。その分身の記憶を通して、屋敷の構造や逃げ道、見張りの数や位置を把握する」


「そんなことが出来るのか……」


 感心したように目を見開くタウフィークに、私は少しばかり得意げに頷いた。


「その術玉と手紙を隠すために使うのが、この目隠し札だ」


 私は説明しながら目隠し札を手紙の裏に貼り付け、小狐の形をした術玉にも咥えさせる。


「うわ、本当に見えなくなった。凄いな。……お前が術を使わなければならない理由については理解した。だが、今が正念場だという言葉には賛同し兼ねる」


 一番大変なのは救出するときだろ? と言われて、私は満面の笑みを作った。


「大丈夫。救出するときは、タウフィークも一緒だから」


 それから数秒して、「俺!? 」という叫び声が道場に響き渡った。

 ……言っていなかっただろうか?


 私は短く息を吐いて、肩をすくめてみせた。


「あちらの数は恐らく100以上いる。そのような場所に一人で突入したところで、捕まって閻魔様に渡されるのが落ちだろう。到底、私の力だけでは助けられないよ」


 本当は一人で助けに行った方が、結奈さんの心の負担は少ないだろう。

 優しすぎるあの方は、何でも責任を背負おうとしてしまうから。

 それでも、私は確実に助けられる方を選びたい。


「……見返りが無いと割に合わないぞ」


 じろりと睨みつけてきたタウフィークに、私は大きく頷いた。


「当然だよ。命懸けの依頼だからね。報酬は護衛代と……私の所有物全て。これでどうかな? 」


 大きな危険を伴う仕事で、そして恐らく、これが最後のタウフィークへの依頼である。

 私の所有物、つまり全財産とあの森の所有権をタウフィークに報酬として渡すことは、呪いが発動したときから決めていたことだ。


 私の言いたいことが分かったのだろう。

 タウフィークは一度固く目を瞑ってから、暗い表情で頷いた。


「わかった。お前がそう決めたのなら、俺は止めないよ」

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