食中毒事件の全貌
「それで、何が聞きたい」
「その答えはもうわかってるんじゃない? 」
早く話せよオーラのゆずきさんに、店主は小さく舌打ちして話し始める。
「正直、食中毒と甘納豆の関連については明瞭な答えを持ち合わせていない。そこは信じてくれ。だが、心当たりならある」
そう言って、店主は戸棚から箱を取り出した。
瞬間、葉月さんが身構える。
特に何の変哲もない箱だけど、と私は首を傾げた。
「これがうちで売っている甘納豆だ」
箱を開け、中身がお皿に移された。
砂糖でキラキラと輝いているソレは、きっと口に含めば素朴な甘さが広がることだろう。
(……美味しそう! )
そんな私と反対に、葉月さんとゆずきさんは顔を歪ませた。
「なにこれ!? 妖力たっぷりじゃない! 」
「ええ。境界を越えていて尚、この妖力。恐らくこれは、豆や砂糖もあちらで採れたものなのでしょう」
二人の反応に、店主だけでなく私も驚いた。
全然分からない。
「葉月さん、私には普通の甘納豆に見えますよ? 」
私だけ? という疎外感から尋ねる横で、店主が一生懸命うなずいて同意している。
葉月さんは、私と店主を見比べて、眉を下げた。
「確かに……これは一般の方には見分けがつかないかもしれません。我々薬師のように、黄泉と桃源郷を行き来している者でなければ、妖力がどのようなものかなど、感じたことも無いでしょうね」
それに、と葉月さんがため息をつく。
「神力をまとわりつかせて、巧みに妖力を隠しているので、遅延して症状が出てしまったのでしょう。どなたも食べてすぐに違和感を感じなかったようなので、私たちが原因を特定することも遅れてしまった。これは、明らかに仕組まれたものです。……それで、原産地を知らなかったようですが、これは本当に貴方のお店で作っているのですか? 」
店主は一度二階の部屋へと目を向けて、諦めたように頭を垂れた。
「あんたらに嘘はつけんな。それに、俺もお客さん達を苦しませたくはなかったんだ。だが、正直に話す引き換えに、一つ約束してくれ」
そう言った店主の目が、とても怯えていた。
器用に片方の眉を上げて、葉月さんが「なんでしょう」と続きを促す。
「俺と女房を護ってくれ。 奴らに言われているんだ。この話を誰かにバラせば、俺たちの命はない、と」
ギュッと握りしめた拳が震えている。
葉月さんは、少し考えてから頷いた。
「わかりました。ちょうど今、知り合いのアルミラージがこの近くにおります。すぐにでも呼びましょう」
「それじゃあ、話してくれる? 正直時間が無いのよ。適当な薬がない今、あんたの話とその甘納豆が頼りなの。これからすぐにでも成分を抽出して、研究を進めないと」
お手紙セットを取り出した葉月さんの代わりに、ゆずきさんが尋ねた。
店主が重々しく口を開く。
「初めは、いつもの商売相手だと思っていたんだ。和服を着ていたから。だが、商談室に招いた瞬間、奴らは凶変した。ナイフを突きつけられて、こう言われた。『これを店のものとして売れ。さもないと、お前たちを殺してやる』と。改めて見れば、相手は商売人でも、桃源郷の妖でもなかった。相手は……黄泉の貴族だった」
筆を動かしていた葉月さんの手が、一瞬止まった。
私は嫌な胸騒ぎを覚えて、ゴクリと喉を鳴らす。
鼓動が早くなり、心臓が痛い。
「名前は? どんな妖だった? 特徴は? 」
矢継ぎ早に質問するゆずきさんに、店主は一層声を潜めた。
「名はセドリック・アッシャー。黒髪短髪で、眼鏡をかけていた」
名前を聞いて初めて、私は敵の息遣いを感じた。
(本当に私を狙っている妖がいるのね……。分かってはいたけど……)
恐怖からか、座っていることすら分からなくなるほど、私は平衡感覚を失う。
ふわふわと宙に浮いているような感覚の中、店主が思い出すような口調で続けた。
「何故そんなことをするのかと聞いたら、逃げ足の速いネズミを捕まえるためだと言っていた。この甘味を餌に誘き寄せるのだと」
私はその意味を正確に理解した。
逃げ足の速いネズミというのは私の事。
餌に誘き寄せるということは、妖力入りの甘納豆を故意に売って、騒ぎを起こし、薬師の行動範囲を最小にすることが目的なのだろう。
結果、その作戦は成功。
あっちこっちに散らばって薬を売っていた薬師が、一致団結して研究をしている。
一つの施設に集められた患者達を看病している。
薬師が纏まって行動する今、人間探しは格段に容易になっていた。
明らかな陽動作戦に、私達はまんまと嵌められたのだ。
(私のせいで……)
一気に全身から血の気が引き、手先が冷たくなる。
震えの止まらない体を抱きしめて、私は下を向いた。
(さっきまで私、苦しんでいる患者さん達を助けたいとか言っておいて、本当は私が原因だったなんて)
「結奈ちゃん? どうしたの? 」
ゆずきさんの怪訝そうな声に、私は我に返って微笑んだ。
「なんでもないです。ちょっと、疲れてしまって」
「あぁ、そうね。特にあなた達は、月夜町唯一の薬師だもの。休む暇も殆どないのよね。大丈夫? 少し休憩しましょうか? 」
心配そうに頬に手を添えるゆずきさんと、思い詰めたような表情でこちらを見つめる葉月さんに何か言おうとして、ノック音に止められた。
「アルミラージの守り屋です。連絡符を頂いて参りました」
本当に近くにいたのだろう。
葉月さんが連絡符を送って数分しか経っていないにも関わらず、タウフィークさんが駆けつけてくれたようだ。
家に入ったタウフィークさんは、見知らぬアルミラージを連れてきていた。
「今回護衛を努める者です。彼はアルミラージ一族きっての剣使いでして、腕は保証します」
タウフィークさんに紹介された白兎の男性は、かなりの長身で、長い髪を一つにまとめている。
侍のような雰囲気が、より強そうな印象を与えていて、店主もホッとしたように頷いた。
どうやら葉月さんも知り合いのようで、軽く会釈している。
話を終えた私達は、情報料と称して護衛代を払って家を出た。
研究の話をするゆずきさんと、気遣わしげにこちらの様子を見つつ相槌を打つ葉月さんとタウフィークさん。
私は罪悪感に押しつぶされそうになりながら帰路に着いた。




