真夜中の呼び出し
その日の晩。
荒々しく何かが叩かれる音に、私は目を覚ました。
何やら外が騒がしい。
「え? な、なに!?」
勢いよく飛び起きて、時計を見る。
夜中の三時だ。
(こんな時間に一体誰が……? もしかして、さっき待ち伏せしていた妖? ……にしては五月蝿すぎるけど。あっ、もしかしてあれかな? 新撰組の、御用改めである! 大人しくお縄を頂戴しろ!! 的な!?)
変な方向に思考が飛んでしまい、私は頭を軽く振って布団を出た。
羽織を肩にかけて部屋の外へ出ると、お札を片手に玄関へと近づく葉月さんが見えた。
私に気づいた葉月さんが、手を上げて待機を命じる。
静かに頷いて、自室から覗く形で様子を見ることにした。
小さく息を吐いた葉月さんが、ゆっくりと扉を開く。
途端、外から安堵と焦慮の含んだ声が聞こえてきた。
「薬師のあんちゃん! 助けてくれ!!」
「唯太郎さん、どうなさいました?」
どうやら訪れてきたのは件の妖である唯太郎さんのようだ。
「話は後でぃ。今すぐ身支度をして、見習いと共に来てくれ! できれば製薬道具とありったけの薬草も持ってきてほしい」
「分かりました。少々お待ちください」
只事じゃないと察したのだろう。
すぐさま葉月さんは踵を返した。
「結奈さん、外に出られる格好になってください。一応着替えも忘れずに。恐らく急患です」
私に術をかけると、自身も支度をすべく自室へと入っていった。
私も遅れをとってはいけない。
見習いたるもの、いつどんな時でも冷静に、師匠の指示に従うのだ。
妖蚕の着物を身にまとい、髪を簡単にまとめる。
それが済むと風呂敷に着替えや必需品の入った小袋を詰めていった。
足早に地下へと向かうと、既に葉月さんは荷造りをしていた。
「手伝います」
「助かります。では、この籠に干した薬草と種子を詰めていってください」
言われたとおりに片っ端から生薬を満たしていく傍らで、葉月さんも慌ただしく準備を進めている。
薬研などの製薬道具のほか、温度計や清潔な布を入れていく葉月さんは、かなり手馴れて見えた。
「こういう事態は、よくある事なんですか?」
「いいえ。恐らく1年で一度あるかないか、くらいの稀事です。私にも正直、何が必要かわかりません」
妙に慣れていると思っていたが、実は思いつくままに用意していたらしい。
「葉月さん、出来ました! あとは何かありますか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。唯太郎さんを待たせているので、行きましょうか」
「はい。……あの、それ私が持ってもいいですか? 」
そう言って私が指さした先には、葉月さんの着替えが入った風呂敷が鎮座していた。
道具の詰まった籠を担いで、薬箱を抱えた葉月さんには持てないだろう。
また「そんなに頼りないですか?」と落胆されるかと思ったが、葉月さんも流石にそれどころではなかったようで、快く任させれた。
「お待たせしました」
2人揃って家を出ると、唯太郎さんは「見習いは俺に乗れ」と背を向けた。
「俺が走った方が速そうだからねぃ」
(うっ。反論できない……。自慢じゃないけど、小中高、体育オール2の私だからね。それに着物だから走りにくいし)
恐縮しつつ跨ると、唯太郎さんが走り始めた。
まるで闘牛に乗っているような心地がして、私は必死に唯太郎さんの肩の毛を掴む。
「それで、何があったのですか? 」
「大方、お前さんの予想通りでぃ。急患が出た」
「症状は? 」
並走して走りつつ、質疑応答をしていく葉月さん。
……走りながら喋るのは疲れないか、非常に心配だ。
「頭痛、発熱、呼吸困難、体の痺れ。一体どんな病気か分かるかぃ? 」
数秒考え込んで、葉月さんは「いいえ」と首を振った。
「慢性的なものでは無いでしょうから、適した薬は出せないと思います。新たな感染症かもしれません」
深く考え込む葉月さんと、走るのに夢中な唯太郎さんの邪魔をしないよう、私はそっと夜空を見上げた。
唯太郎さんの口調が難しい!
江戸というよりかは、もう私の作った訛りでいいかもしれない……。




