華陽と葉月
「あの二人が一体何をしたいのかは分かったわ。正直、ありがた迷惑ね。私、あなたと馴れ合うつもりなんてないから」
「それは……私が葉月さんと一緒にいるから? 」
「はぁ!? まさか。私の方が長い付き合いなのよ? 今更そんなことで嫉妬したりしないわ」
ふんっと鼻であしらって、華陽はそっぽを向いた。
シンと店内が静まり返り、遠くから奥さん自慢をする陽樹さんの声が聞こえてきた。
金属音もするので、調理器具の片付けは嘘ではなかったらしい。
時間がかかりそうな雰囲気に、仕方がないと私は頭を振った。
ここまで来たら、話を続ける他ない。
話題……話題……
「ねぇ、華陽は料理好き? 」
(あぁぁぁぁ!! 唐突すぎる! )
己の会話下手さに途方に暮れるが、もう遅い。
怪訝そうな顔をされてしまった。
「……別に嫌いじゃないけど」
「そ、そっか……」
はい、会話終了。
再び訪れた沈黙に、私は体を縮めて下を向いた。
とても気まずい。
そんな私を一目したあと、華陽は諦めたような顔つきで手招きした。
「こっち来て」
「え? 」
「ここじゃ話しにくいから」
言われるがままにお店の外へ出ると、華陽は店の裏へとまわりこむ。
すると、森林とお店の間に、ベンチと朱色の野点傘があった。
「ここは? 」
「休憩所みたいな所。私が喘息持ちだからって、父さんが作ってくれたの。ここなら、耳のいい葉月さんも聞こえないでしょう」
私はその言葉に苦笑しつつ、ベンチに座った。
確かに自然豊かで空気が美味しい。
2人揃ってふぅ、と息を吐く。
話し始めたのは、意外にも華陽の方だった。
「あなたは葉月さんのこと、どう思ってるの? 」
ただの遠い親戚じゃないんでしょ? と言われて、私はまじまじと華陽を見た。
そんな私の視線から外れるように、華陽は顔を背けて肩を竦めた。
「それくらい分かるわよ。女の感ってやつね」
「……私、詳しくは言えないんだけど、葉月さんに命を助けて貰ったの。それだけじゃなくて、生きる術も教えて貰った。だから、尊敬しているし、大事な存在ではあると思う」
「ふーん、それだけじゃないと思うけど……」
疑り深そうに目を細める華陽だが、本当の事だ。
葉月さんは命の恩人であり、尊敬する師匠。
出会ってからあまり時間が経っていないが、葉月さんと過ごした時間は、私にとって大切なものになっている。
「そういう華陽は? 」
私が話を振ってみると、華陽は分かりやすく顔を赤らめた。
「私も、葉月さんに命を助けられたの。それから居場所をくれた人でもあるわ」
「居場所? 」
専属の薬師だから、命を助けること自体は不思議ではない。
だが居場所というのは、どういうことだろう。
華陽は過去を想起するように、青空を見上げた。
「父さんが店主で、母さんも手伝っていて。私以外に子供のいない2人には、跡取りの選択肢がなかったの。私には言わなかったけど、2人が私を継がせたくないことはすぐに分かったわ」
「……どうして? 」
「だってそうでしょ? 今でこそ働ける程の体力が出来てきたけど、幼い頃なんてほとんど寝て過ごしていたくらいだもの。いつ死ぬかわからない子。そんなひ弱なのが跡取りなんて、頼りなさすぎる」
くしゃりと膝上に置いてある手を握りしめた華陽は、悔しそうに顔をゆがめた。
私はその様子を見ることが、なんだかとっても悪いことのような気がして、そっと顔を背けた。
しかし、そんな暗い空気から一転して、華陽は頬を緩ませる。
「前にね、本当に危なくなった時期があったの。2年前だったかしら。専属の薬師さんが手につけられないほど、私は弱っていて。でも、両親は諦めなかった。天中だけじゃなくて、色んな場所を駆け巡り、沢山の薬師に診察をお願いしてくれたわ。そんなとき、1人の妖が名乗り出てくれたの」
弾むような声に、すぐに誰のことかわかった。
「葉月さん、ね? 」
小さく頷いて、嬉しそうに目を細める華陽は、もうどこから見ても恋する乙女の顔だ。
「どの薬師も皆、首を振って帰って行ったのに、葉月さんだけは違った。診察をしてすぐに調合を始めたときは、神様だと思ったわ」
まだ薬を飲んだわけじゃないのにね、と華陽がクスッと笑う。
「結局その薬は症状を抑える効果しか出なかったけど、不安になったときは幾度となく励ましてもらったわ。私は葉月さんのことが好き。だから、一緒に働けるあなたが羨ましい」
ムスッと頬を膨らませて、それから「でも」と続けた。
「身体が弱いからって期待されていなかった私に、『 華陽さんは心の強い方ですから、立派な店主になるでしょうね』って言ってくれたから、私は一緒に働けなくてもいいの。葉月さんのその言葉に勇気を貰って、私は病気がちなことを理由に敬遠していた店の手伝いもするようになった。今、私が店に立っているのは葉月さんのお陰よ」
「そっか。葉月さんは、やっぱり凄いね」
私の知らない葉月さんの話に、嬉しく思うとともに少しモヤモヤした。
(なんでだろう。嬉しいはずなのに、少し悔しい。上手く言葉にできないけど……)
「結奈……だっけ? 」
「え? 」
不意に名前を呼ばれて驚いた。
「あなたの名前よ。なんか、案外話しやすかったから。……友達とか、そんな関係にはなりたくないけど、ライバルとして仲良くしてあげてもいいわよ」
そう言って手を差し出した華陽に、私は満面の笑みで頷いた。
「わかった! よろしくね、華陽」
【鈴の音】からの帰り道、甘味処で買ったお饅頭を手に、私は葉月さんを盗み見た。
(葉月さんは華陽のことをどう思っているんだろう。好きだったりするのかな? ……見ず知らずの私にさえ、こんなに親切にしてくれるんだもん。きっと、葉月さんは好きな人のことをとても大切にするんだろうな)
ツキンと痛む胸を押さえて、私は顔を伏せた。
「結奈さん、どうでした? 華陽さんとは仲良くなれましたか? 」
「あ、えっと、はい。いい好敵手となりそうです」
突然話題を振られた私は、上手く働かない頭でそう答えた。
「えっ? 敵……? 」
どうしてそうなったとばかりに目を見開く葉月さんに、曖昧な笑みを寄越し、私は話を逸らすことにした。
「華陽から聞きました。葉月さんが、誰も治せなかった病気の薬を調合してくれたって」
それを聞いて、葉月さんは懐かしそうに目を細めた。
「確かに華陽さんを診たのは私です。ですが、治すことが出来たのは、私の力だけではありません。喘息の体に感染症を併発してしまい、正直かなり危ういところでした。様々な問題を抱える中、朔矢と私を筆頭に研究会を開いて、多くの薬師と協力して成せたことなのです。薬師は1人ではありません。同じ信念を持って働く仲間として、共に協力しながら、私達は少しでも多くの患者さんを救っていくのです」
真っ直ぐ前を見つめた葉月さんに、私は感嘆の息を吐いた。
(こういう、凄いことをサラリと言ってしまう所。やっぱり尊敬するなぁ)
苦手意識のある人と会話することは難しいです。
けれど、話してみると案外気があったりするのも事実。
2人は良き友達になれることでしょう。
あ、ライバルか。




