ありがた迷惑な計らい
翌日、私達は鈴の音へ向かった。
華陽に薬を渡しに行くのだ。
「葉月さん! 来てくれたのですね」
店前の掃き掃除をしていた華陽が、葉月さんに気づいて駆け寄ってきた。
例のごとく、私の存在など目に入っていない。
「こんにちは、華陽さん。薬をお届けに参りました」
にこやかに挨拶をして、葉月さんは薬の入った紙袋を華陽に手渡した。
華陽はまるで贈り物を受けとるかのように、嬉々としてそれを腕に抱える。
「まぁ! わざわざありがとうございます。どうぞ、お店へ入ってください」
そう案内されて、私達は鈴の音の暖簾をくぐった。
料理屋さんらしい美味しそうな香りと、陽樹さんの笑顔が出迎えてくれる。
そして、あれよあれよという間にお昼ご飯を勧められ、気づいたら食べ終わっていた。
さすがは『 狙った客は逃さない』がモットーの鈴の音。
入ったら最後、ご飯を食べるまで帰してはくれないようだ。
勿論、今日も鈴の音のお料理は絶品だった。
食後に華陽の診察を終え、陽樹さんと葉月さんは世間話を始める。
「最近、神桃楽の甘納豆が天中の流行りらしくてなぁ。葉月くん、食べたことはあるかい? 」
「いえ、ないです。神桃楽といったら、天中一の甘味処ではありませんか。高いのでは? 」
「いやいや、うちの華陽が買ってきたくらいだ。お前さんなら余裕で買えるだろうよ。まあ、華陽曰くうちで出す甘味の方が上らしいがな! 」
ガハハッと豪快に笑った陽樹さんが、ふと暗い顔になった。
「最近は物騒になったねぇ。おちおち夜道も歩けんよ」
天中にもやはり、あの事件の話題が飛び交っているらしい。
「聞いたところによると、狙われているのは薬師なんだろ? 大丈夫なのか? 」
「え、薬師が? そんな……葉月さん、暗くなる前に帰ってくださいね。私、とても心配です。あ、ここに泊まっていってもいいですからね! 」
陽樹さんと華陽の心配そうな顔に苦笑しつつ、葉月さんは頷いて了承した。
「わかっています。お二人も犯人は捕まっていないのですから、気をつけてくださいね。薬師以外が襲われないという確証はありませんから」
「あぁ、そうだな。気をつけるよ。……それにしても、今日は他に何か用事があるのかい? 」
陽樹さんの目が、何か企んでいるように細められた。
葉月さんは首を傾げつつ、返答する。
「いえ、今日はお休みの日なので。甘味でも食べて帰ろうかと思っています」
「そうかいそうかい。それなら暇だな。葉月くん、ちょいと付き合ってくれんかね」
私たちの予定をバッサリと切り捨てた陽樹さんに、思わず顔を見合わした。
葉月さんが困惑した顔つきになる。
「私……ですか? 」
困り顔の葉月さんの肩に腕を乗せ、私と華陽から背を向けた陽樹さんは、何やら葉月さんに耳打ちしている。
──が、優秀な狐耳を持った今の私には筒抜けだ。
「ウチの娘とお前さんのとこのお嬢ちゃん、あまりお喋りしねえだろ? きっと俺達が居るから気恥しいんだ。華陽は体が弱いし、気も強いから友達がいなくてなぁ。結奈さんだって、仕事ばかりで交友する機会なんてないんじゃないか? ここはいっちょ、俺達が気を利かせようじゃねぇか」
(……凄い解釈違いだよ! )
私は喉まででかかったツッコミを呑み込み、葉月さんを見た。
(そんな気遣い無用だからね、葉月さん! )
しかし、私の想いは伝わらなかったらしい。
何度も頷いて、葉月さんは陽樹さんの話を真剣に聞いている。
「確かにそうですね。結奈さんも、男の私には相談しにくいことだってあるでしょうし……分かりました」
絶望的な表情の私とは反対に、陽樹さんが満足そうに笑った。
「よし、じゃあ俺たちは邪魔にならないように、厨房へ行くぞ」
「はい! 」
駄々漏れな内緒話は終わったらしく、二人はくるりとこちらを向いた。
話が聞こえていなかったであろう華陽が、何かを察して身構えている。
「お父さん……なんか悪い顔になっているけど」
「そうか? そんなことより、俺達は力仕事をしてくるよ」
(いや、どういうことよ。話の転換が雑すぎるよ? )
コソコソ話の内容を知っている私でなければ、かなり違和感のある言葉だ。
華陽も眉を潜めて、探るように父親を見つめている。
「いろいろと片付けたい調理器具があるようで、私も手伝いたいのです。いつもお世話になっていますし」
さりげなくフォローに入る葉月さんだが、その目は泳ぎっぱなしだ。
懐疑的な表情をする私達に居た堪れなくなったのか、二人はすごすごと厨房へ入っていった。
それを見届けていると、隣からあからさまな溜息を頂いた。
やっと!華陽と結奈を会話させることが出来そうです。
陽樹さん、ありがとうございます!
そして相変わらず恋路には疎い葉月さん。
素敵です✧︎




