成長した弟子
──雀が鳴いている。
私はその鳴き声に導かれるように目を開けた。
時計を見ると11を指している。
モソモソと羽織から出て、そして私は動きをとめた。
別に忘れていた訳では無い。
断じて。
いないと思っていたのだ。
何となく自分より先に起きて居ると思っていた。
私の視線の先には、昨日と同じ体勢で寝入っている葉月さんがいた。
昨日より少し顔色は戻ったが、それでもまだまだ悪い。
(よしっ、ここは私の出番だ!)
そう意気込んで、私はまず自分の身支度を整えることにした。
寝ているとはいえ、流石に部屋の中で着替えることに抵抗を感じて、私はお風呂場へと向かう。
ついでにシャワーを浴びて、着物と襷を身につければ完璧だ。
いよいよここからが本番。
私は地下室に下り、葉月さんお手製の薬学書を片手に準備を始めた。
「えっと……ニンジンにブクリョウにオンジでしょ、あとは……」
必要なもののほとんどは既に粉状にしてあるので、私は計量だけして煎じていく。
煎じる時間に気をつけないと、副作用が出やすくなるので、今の私は時計と睨めっこ状態だ。
自分の師に薬を出すと決めた時、私は少しのプレッシャーと役立ちたいという気持ちでいっぱいになった。
……なんて言うだろう?
煎じ方が甘いと言うかもしれない。
そもそも処方する薬自体違うかも……。
でももしかしたら、褒めてくれるかもしれない。
薬に関しては若干スパルタな葉月さんだが、しかし弟子の育て方はかなり上手だった。
褒めるところは褒めて、指摘する必要のあるところはしっかりと口にする。
「よし、できた! 」
私は零さないように注意しつつ、自室へと向かう。
襖を開けると、寝返りを打ったのか、葉月さんは畳に横になっていた。
薬湯を横に置いて、私はそっと葉月さんの額へと手を伸ばした。
前髪を払うと、雪のように白い肌と形の整った眉が露になる。
(前々から思っていたけど、あらためて見るとやっぱり顔立ち整っているのよね。イケメンというより美男って感じ? あれ、同じ意味か。……じゃなくて! 私熱測ろうとしてたんだった)
自分の思考に恥ずかしくなって、私はもう片方の手で顔をパタパタ仰いだ。
不意に葉月さんの瞼がスっと持ち上がり、金色の瞳がこちらを映した。
「結奈さん……? 」
まだしっかり頭が働いていないのだろう。
ぼんやりと呟く様は、昨日に引き続き珍しい。
いつもの切れ長の目は眠そうで、下がり目であることも相まって幼い印象を与えてくれる。
しかし、葉月さんは微睡む自分を許してはくれなかったようだ。
くっつきそうになった瞼が勢いよく見開かれ、葉月さんは文字通り飛び起きた。
「え? え? えっと……あれ? 私は一体何を……」
「おはようございます、葉月さん。具合はどうですか? 」
「具合……? 」
混乱している葉月さんに、私はコクリと頷いた。
「はい。熱はなさそうですけど、顔色が悪いですよ。昨日からずっと。……葉月さん、疲れているんです。私のせいで術を沢山使わせてしまったから……」
やっと把握したらしく、葉月さんは居住まいを正した。
「結奈さんのせいではありませんよ。実は私、最近あまり眠れなかったのです。その……昔の夢を見るもので」
「昔の……。あ、あの! 葉月さん、私の煎じた薬湯を飲んでいただけませんか? 」
さながらバレンタインデーに想い人へチョコレートを渡す高校生のように、私は薬湯を差し出した。
夢に関しては、触れるべきか分からないので流すことにする。
ぱちぱちと瞬きを繰り返したあと、葉月さんは嬉しそうに受け取った。
「結奈さんの煎じた薬湯ですか? ありがとうございます。……これ、加味帰脾湯ですか? 」
さすが葉月さんだ。
持ち前の嗅覚で嗅ぎ分けたらしい。
「はい! 疲労回復と、血色の改善に効くのではと思って。……合っていますか? 」
ドキドキと居場所を主張してくる心臓を抑えつつ、私は尋ねた。
葉月さんはもう、いつもの優しい師匠の表情をしていた。
感慨深い笑みとともに、まっすぐこちらに目を向ける。
「大正解です」
私はその言葉に、興奮とも感動とも言えない想いが込み上げてきた。
「加味帰脾湯は、さきほど結奈さんの挙げた効果の他に、精神を安定させる効果もあります。それこそ、不眠による疲労回復のために処方されるのです」
「不眠! それは知らなかったです。それに……まだ私は葉月さんの薬学書無しには調合出来なくて」
この薬を作るのは2回目なのに、材料すら怪しい節がある。
しかし、葉月さんはとんでもない、と首を振った。
「あの薬学書には確かに調合の仕方や薬草比を記載しています。ですが、その薬にどういった効果があるのかまでは書いていません。結奈さんは凄いですよ。私なんか、薬草の名前を覚えるだけで2年はかかりましたから」
意外な事実に私は驚いた。
そして納得する。
そうだ。葉月さんだって見習いの時期があるのだ。
今の葉月さんが持っている知識は、全て努力の賜物。
ここまで極めた師匠に、私は改めて尊敬するのだった。




