どこまでがご飯の定義に入るのか会議してみたようだ?
大きな円卓のテーブルにずらりと並ぶ各界それぞれの代表者たち。各界の主要人物が一堂に会すことは非常に珍しい。おのおの、自らの強い意思と志を持ち、本日行われる会議に挑まんとしている。その会議室は、自然と背筋が伸びてしまうほどに緊張感で包まれていた。互いに睨みを利かせる代表者たち。ここで睨み負け、もしくは怯んでしまえば舐められる。だからこそ、代表者たちは鬼のような形相で互いを睨みあう。
会議室に司会者の男がスーツ姿で現れる。眼鏡をかけた痩せた男だが、会場の雰囲気に全く呑まれず、指定の席に座った。
「ではこれより、超重要秘匿会議を始めます」
司会者の男が会議の始まりを告げた。会議と言う名の試合のゴングが今、鳴り響く。
「今回の議題は、〝どこまでがご飯の定義に入るか〟です」
ばばばっと一斉に上がる各界の代表者の手。司会の男は人間離れした動体視力で一番速く手をあげた代表者の発言を許可する。コンマ数秒の違いも見逃すことはない。
「わたくしは、果物はご飯だと思いますの。果物を食事、主に朝食として採ることはいたって普通の事ですわ!」
「そうですわ、お姉様!」
「間違いないですわ!」
果物の形をかたどったドレスに身を包む派手な女性が声高々に答える。女性の後ろに控える者達が賛同する。しかし、他の界のものからの視線は鋭い。
ばばばっと挙がる手を逃すことなく見切る司会者。指名したのは赤白帽をかぶった少年。しかし瞳に宿す光は鋭い。
「駄菓子はご飯だ! そんなフルーツなんてご飯じゃなくてデザートだ!」
『そーだ! そーだ!』
少年の後ろではおもちゃで遊びながらも賛同する子供たち。
再び挙がる手、あまりに手の挙がる速度が速くなりすぎて空気を斬る音が鳴る。もちろん司会者は見切る。
当たったのは、おどおどした少女だ。スポンジのようなふわりとした髪が揺れる。しかし、彼女もこの会場で三番目に手を挙げるのが速い猛者だ。女子供でも気は抜けない。
「駄菓子よりもフルーツよりも、よ、洋菓子はご飯だと、お、思いましゅ!」
「か、噛んじゃだめでしゅ!」
「あわわわわわ」
クラスメイトなのか、同じ衣服に身を包む少女らが賛同する。一瞬場が和やかになりかけるが、すぐに緊迫した雰囲気に戻る。
ばばばっとまだ当たっていない者達が能面でも付けたような顔をして手を挙げる。先ほどより勢いが増して風圧で窓にひびが入った。視界の男は眼鏡をくいと押し上げながらも見切る。
「和菓子はご飯やと思います。日本人にとって、一番馴染みがあり、よう食べられとんのとちゃいますか?」
着物の女性が指名された。おっとりとした落ち着いた女性だが、威圧はすさまじい。特に洋菓子だと答えた少女に対しての視線は敵対心が強く表れているようで、鬼が憑依したように角を幻視してしまう。
「せやせや」
「ご飯にしてもええと思いますわ」
着物の女性たちも当然賛同。しかも、彼女たちは着物、おっとりとした包容力のある女性たち、すなわち自らの母親のような雰囲気すら漂わせ、幻視させる。駄菓子といった子供が思わずお母さんと言いそうになり、誤魔化す様にポテチを食べ始めた。
ぶばばっと代表者達の手が上がる。パリンと風圧で小気味よく窓ガラスが割れた。お茶を飲みながらも司会は見切った。
「ふむ。フルーツも駄菓子も洋菓子も和菓子も生温いわっ! インスタント、それこそが至高のご飯であるぞっ!」
発言したのは、上半身裸のムキムキマッチョ。従者もそろって会議前にパンプアップ済み。自らが鍛えた筋肉をこれでもかと見せつける。
「しかも三分だ!」
「素晴らしい出来であるぞ!」
そして、筋肉をいかに目立たせるかで考え抜き、決定したポージングを決める。しかし、忘れてはならない。これほど卓越した筋肉の持ち主であっても、他の代表者たちより手を挙げる速度が遅かったことを。
「栄養が偏ってしまうんとちゃいますか?」
「おーほほ、これだから男っていうのは駄目なのですわ!」
「お菓子の方がおいしいやーい!」
散々に叩かれた。
「お主らも人のこと言えないであろうがっ!」
反撃に転じる筋肉ゴリラ。
「静粛に」
まだ発言の出来ていない老人が眼力だけで場を沈めた。しんと静まり返る会場内。
「こほん。発言の際は挙手をお願いします」
司会は会議を続行する。最後は先ほどの老人。
「ワシは、空気こそがご飯じゃと思っておる」
老人はまるで霧のように気配が薄いがちゃんと生者である。
「ふぉっふぉっ、若いもんには理解が難しいかのぉ」
「じゃろうなぁ、少なくとも千年生きれば分かるようになるじゃろう」
老人はどうやら、霧を食べて生きている仙人のようだ。後ろに控える者達も同じようだ。平均寿命が気になるところだが、今はその議題ではない。
「これで、会場内全員の意見の発表は終了です。では、続いて議論に入ります」
ばばばっぶわっ! 手を挙げる風圧で建物が揺れた。窓ガラスは粉々に砕け散る。眼鏡のガラスが割れたのでスペアに交換したようだが、全く動じることなく司会は見切る。冷たい空気が会議室に満ちて、緊迫した空気はさらに高まった。
「フルーツはお肌にとってもとてもいい効果があるのですわ!」
『そうですわよ! そうですわ!』
「ちゃうで、和菓子や。せやろぅ?」
『そうや、そうや!』
「インスタントに決まっている! 何故わからぬかっ!」
「ふんぬっ! 筋肉!」
「パンプアップ! カモン、カモンっ!」
「駄菓子だよ! それが一番おいしくていつまでも食べられるんだい!」
「そーだ! そーだ!」
「よ、洋菓子に決まっていましゅ!」
「また噛んでるじゃないでしゅか! あわわわわ!?」
「空気をご飯とするのじゃよ」
「そうじゃ、そして、悟りをひらくのじゃ」
「開きたかねぇーぞ!」
次々と発言していく各界の代表者たち、そして、司会は、だんっと円卓を叩いた。ちょっとだけ力が入り過ぎて円卓が粉々になってしまったが御愛嬌だ。また、買えば済むのだ。
「発言は挙手を持ってお願いします。しかし、みなさまの情熱は伝わりました。よって、全てをご飯ということで決定いたしましょう」
わっと一気に明るい雰囲気に染まる会場。
「よっしゃぁあああああああ!」
「おーほほほほほ! 勝利ですわ!」
「うわぁあああああああああい!」
「見るがいい筋肉を!」
「や、やりました! み、認められまちた! あわわわわ」
「ほほ、若いもんは元気でいいのぉ」
「老いぼれはさっさと山に戻るとしましょうかの」
「そうじゃなぁ」
「うふふふ、勝利の和菓子料理をお持ちいたします」
「やったー!」
ごほん、という司会者の咳によって再び静まる会場。
「では、これを持って、超重要秘匿会議〝どこまでがご飯の定義に入るか〟を終了いたします」
カンっと会議の終了を告げる鐘が鳴った。
喜びで各界の代表者たちが万歳した時、天井が吹き飛んだとか飛んでないとか。
……少なくとも骨組一本は飛んだ。
終わり
最後まで読んでいただきありがとうございます。
和食とか洋食とか普通の奴はどこへいったんでしょーね。