表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
fragile 〜残り香は花に舞って〜  作者: shinobu | 偲 凪生
episode 2. welcome to my past
9/20

2-4

 



 ――冷たくどこまでも堕ちていきそうな、闇。

 わたしは、闇のなかにいる。あぁ、これは、遠い昔の記憶――
















***


 迫ってくる巨体。

 恐怖で支配された体は言うことを聞いてくれなかった。

 嗅いだことのない古びた獣の臭い。荒い鼻息。

 わたしの瞳には涙が溜まって視界がぼやけていたけれど、男の姿は何故か鮮明に映っていた。

 それは恐らく、毎日顔を見ていた上司だったからだろう。村から出てきたばかりで右も左も分からないわたしに、優しく、親切にしてくれた。


 なのにどうして。


 乱暴に両腕を掴まれて全身を壁に押しつけられた。

 背中が冷たくて痛い。

 ぎらぎらと獣の双眸が光っている。これは人間じゃない。人間の皮を被った、汚らわしい獣だ。獲物を捕らえた喜びに満ち溢れている。獣の荒くて臭い鼻息が顔にかかり、不快感が胃からせり上がってくる。

 

 助けて!


 叫んだのは心の中だけだったのか、実際に声を上げていたのか、今となっては分からない。

 だけどごつんと鈍い音の後、そいつは場に崩れ落ちた。

 暗くて狭い部屋に光が差したのに気づき、小刻みに震えながらも自由になった腕で涙を拭うと視界が開けた。


 入り口には仮面をつけた背の高い軍服の華奢な男と、その後ろにもうひとり、仮面男に雰囲気の似た少年が立っていた。こちらは銀の刺繍が施された立派な衣装を着ている。

 ここは軍の宿舎で、橙という名を冠している。さらにわたしたちがいるのは隊長室。警備面から一般の人間は入ってくることができない。


 ――だとしたら助けてくれた彼らは、誰?


 考えていると仮面の下からくぐもった声がした。


「合唱隊の娘か?何でこんなところにいる」


 綺麗で涼やかな、耳に残る声。訛りのない発音。それでようやく思い出した。見覚えがある。確か、王子様の側近。名前は思い出せないけれど、入隊式で姿を見かけた。

 つまり、偉い人だ。

「が、合唱隊じゃ、ない。楽譜、読めない」

「では何者だ」

 詰問ではなく、興味本位の問いかけだった。

「だ、橙隊の見習い」

「ほう」

 仮面男が顎に右手を当てた。瞳の奥が光ったような気がした。

 わたしはたどたどしくも説明する。

「先々月、入隊、した」

 ちょうど村に軍の募集が来ていて、両親のいないわたしは、生きる糧を得る為に飛びついたのだった。試験の結果は散々だったらしいけれど、橙の隊長の見立てで合格して見習いにさせてもらえていた。


 まさか、こんなことになるとは思いもしなかったけれど。


「あぁ、そういうことか。言われてみれば、ちっこいのを見たような気もするな。おい。こいつは橙の隊長だよな。除名でいいか?」

 仮面男が振り返ってもうひとりに問いかける。ぼそぼそと小さな回答が返ってきた。許可を出した、ということは……後ろの少年は。


「そんでお前みたいな敬語のひとつも使えないガキは、こっち」


 それからわたしの目線に仮面の目元を合わせて、ぽん、と頭に右手を置いて、わしゃわしゃと髪の毛を撫でてきた。小動物をあやすように。

 さっきまでの不安や恐怖は吹き飛んで、もう大丈夫、という安心感だけがあった。


 それがタスクと。

 国王陛下との出逢い、だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ