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わたしは出来上がったふたり分のお昼ご飯を盛り付けて出してあげた。
ぱくぱくと食べるのを眺めながら、盛りつけた残りは自分用に。昼食は立ちっぱなしで、がわたしのスタイルだ。
大きめの芋を中心に煮込んだスープはクリーミーでねっとりと温かい。
それから肉と同じ薄さにスライスした黒麦のパン。
男ふたりには、表面を軽く焼いてからじっくりと温めた肉の塊も出してあげた。その選択は正解だったようで、リンはソースで口の周りを汚しながら嬉しそうに頬張っている。
最近のわたしは肉があまり好きではないのだけれど、リンがいるから常備していた。
陛下は丁寧にナイフとフォークで骨から肉を切り離して、小さくしてから口に運んでいる。城でならもっと柔らかくて脂身の多い、質のいいものが食べられるだろうから緊張する。肉だけではない。
芋だって、パンだってそうだ。
村では芋などの根菜が豊富に収穫できるので、状態のいいものが安く手に入る。郷土料理として食べられているけれど、だからこそ味つけは本当に庶民的なのだ。
黙々と食べながら、陛下がスープの湯気で曇ってしまう眼鏡を取り外す。薄い金色の瞳は、角度によって青くも見えた。
――似ている。
タスクが陛下の影武者だったということは重々理解しているつもりでも一瞬動揺してしまう。
「ん? 顔に何かついていますか?」
「いえ」
もう二度と会えない人間と瓜二つの顔が目の前にあるのは、辛い。
絶対に口には出せないけれど。
「芋のスープはこの村の名物でしたね。いつも思いますが、芋の味がしっかりとスープに溶け込んでいて美味しいです」
「そんな」
突然の食評。お世辞とは言え、悪い気はしなかった。
「本来ならば陛下に召し上がっていただくには庶民的すぎると思いますが、あいにくこれぐらいしかご用意できるものがなくて」
「僕には国民の生活を知る義務もありますよ。パンは市場で購入しているのですか?」
「あ、はい。馴染みの女性から買っています」
「粉の風味がしっかりしていますね。とてもいいです」
「お代わりー!」
無邪気にリンが空の皿を差し出してくる。
「あぁ、もう。口の周りを先に拭いて。ほら」
濡れたタオルを渡すとがしがしと拭う。それからスープをよそってあげると、一心不乱に食べ出した。
よほどお腹が空いていたみたいだ。
ごちそうさまでした、と先に手を合わせたのは陛下。熱々のコーヒーを差し出すと、頭を軽く下げてから口にした。
「いつもの味ですね」
リンも食べ終わって、待ちきれない様子で訴える。
「それで、いつ僕は王都に行けるの?」
「次に青空学校がお休みになるときにしようと思う。長距離移動になるから宿も取って1泊2日にするつもりだけど」
「お泊まり! 楽しそう!」
「宿の件なら心配は要りません。来客者用の部屋をお貸ししますよ。サラだってその方が慣れているし、ゆっくりできるでしょう?」
陛下が口を挟んでくる。
「謹んで遠慮しておきます」
そんな居心地の悪い場所。泊まるどころか、足を踏み入れたくもない。
リンがカウンターから身を乗り出す。
「僕、お城に泊まってみたい!」
「だめ。城内に入れる正装なんて持っていないし、特別扱いされる為に王都に上がるんじゃないからね。あくまでもリンの勉強が目的なんだから」
王都へ上がるまでは譲歩しても、それ以上は無理だ。
……辛い記憶が、多すぎて。
「えー。でも、きっと楽しいよ」
勿論そんなわたしの心境など知らないリンは、一生懸命に反論の言葉を探す。
そして助け船を出すのはやはり言い出した陛下だった。
「ではこうしましょう。リンを時計樹として、サラはその保護者として迎え入れます。着るものは全てこちらで用意します。それならいいでしょう?」
訊いているように見せかけて、確認の念押し。
「やったー!」
勝利宣言のように、リンが椅子の上に立つ。
万歳をし出して、とてもじゃないけれど人の話を聞けるような状態にはなかった。だから、陛下を睨みつける。
「ちょ、ちょっと陛下!」
困ります、と言おうとすると、にやりとしてみせる。
「諦めてください。リンは貴女だけではなく、我が国にとっても大事な存在です。一般の民宿に泊まらせることは国王として許可しません」
国王陛下は絶対に性格がよくないと確信した瞬間だった。それならわたしだって食い下がってやる。
「それなら百歩譲って、わたしだけ民宿に」
「だーめ!」
リンがわざわざキッチンまで入ってきてわたしの腕を掴んだ。
「サラも、一緒!」