2-2
……やはり本心かどうかさっぱり分からない。
わたしはわざと眉を顰めてみせた。
「恐れ入りますが陛下、わたしのような下々の者が、一国の王をお相手するだなんてそんなことはできかねます」
「戦場の紅い花が何をのたまっているんです。
戦地で風のように紅い髪を揺らしながら駆け抜ける貴女の姿は、伝説となっています。その功績は本来ならば勲章を授与して、王都の一等地に大きな家を建ててもいいくらいなんですよ。
それなのに最低限の報奨金だけで王都を飛び出すなんて」
「わたしの功績なんてひとつもありません」
形式だけに注目するなら、確かにわたしは一個隊で副隊長を任されていた。
だけどそれはわたし自身の強さではなく、あの人が――タスク総隊長がわたしを鍛えてくれていたから、なのだ。
過去、戦いの中では自分自身の実力だと信じていた。そうではないと気づいたのはあの人のおかげでもある。
タスクはいつだってわたしの道標だった。
「いえ、『闇夜の藍』作戦は貴女がいなければ成功しなかったでしょう。あの作戦が成功したことで、戦争は終結しました。サラ、貴女にはとても感謝してい」
「その言葉を口にしないでください!」
乱暴にポットを台に叩きつける。ガラスの中でコーヒーが大きく波打った。
小刻みに震える右手を左手で抑える。
もやもやとした暗い色の何かが全身から溢れかえりそうになる。声をやっとのことで振り絞った。
「お願いします……陛下」
その言葉だけは聞きたくなかった。
――何故ならばぶつける先のない憎しみが湧きあがるから。
醜い感情に支配されないように、どれだけ必死になっているか。わたしの想いを陛下は知らないくせにという、八つ当たりのような言葉を喉元で抑え込む。
陛下がわたしを優越感に浸らせたいとするなら、それは寧ろ逆効果だ。わたしのこの態度を見て、少しは反省してくれるだろうか。どんな表情をしているかは俯いていたので伺えなかった。
暫くの間、お互い黙ったままでいた。
「ただいまー」
そんな苦しい沈黙を破ってくれたのは、青空学校から帰ってきたリンだった。カウンターの椅子に登るとわたしと陛下を交互に見やる。きょとん、としてから、屈託ない笑顔を見せた。
「お腹空いた! サラ、芋スープセット!」
ぐぅ、と大きな腹の音と共にリンが両手を挙げる。
張り詰めていた気持ちが、少しだけ和らぐのを感じた。
わたしはリンに微笑みかける。
「かしこまりました。ちょっと待っててね」
リンがいてくれてよかったと、心底安堵する。あのままだったらわたしは陛下に何をしていたか分からない。
「ではせっかくなので僕も」
何事もなかったかのように陛下も左手を挙げた。
「へーか、お髭の位置が変だよ」
リンが大胆にも陛下の付け髭を調整し出す。場の空気が徐々に和んでいくのを感じた。
「食事には邪魔ですし、外しましょうか」
「それがいいよ。似合わないもん」
不謹慎ながらもわたしは吹き出しそうになる。そんな行為、リン以外には誰もできないだろう。
深呼吸をして、手を洗い直す。気持ちが整い、体が程よく冷えていく。
カウンターの向こうでは親子のように陛下とリンははしゃいでいた。
「時期がもう少し遅くてもよければ、『花祭り』を見せてあげられるんですが」
「『花祭り』?」
「年に一度だけ王都で開催される盛大なお祭りです。花の咲かない時計樹の代わりに、王都が花で溢れる素敵な行事ですよ」
「王都にどうやって花を咲かせるの?」
「民がひとりひとり作るんです。
この国は別名芸術の国と呼ばれています。国に代々伝わる特殊な技法で創られる美しい紙を用いて、ひとつずつ折りあげる……その花の折り方には色々な種類があって、その年で最も綺麗なものには名誉が与えられます」
「へー。すごいんだね」
リンが何故だか尊敬の眼差しで陛下の話に耳を傾けている。
花祭り、という単語は初耳だったので、わたしも少しだけ興味が湧いた。
「戦争が終わって、今度、ようやく再開が決定したところなんですよ。
僕も幼少の頃の朧気な記憶しかないので、昔から城にいる人間に聞いたり、文献を辿ったりしながら開催に向けて進めている最中です。しかし復興の象徴として大々的に催す予定でいます。
サラも見たことはないですよね?」
急に話を振られて頷いた。
「創った花を愛情表現として贈り合う習慣もあったそうですよ」
飄々として、陛下がわたしへウインクしてみせる。
陛下へはあまり興味が持てないので、へぇ、という生返事になってしまう。
そもそも陛下から花を頂いても嬉しいとは感じないし、困る。
「でもね、できるだけ早く王都に行きたいんだ」
リンは少し悩んでから、口を尖らせた。
「そうでしたね」
「またお祭りのときにも、王都へ行けたらいいなぁ」
ちらりと視線を向けられる。
わたしは前々からひとつ気になっていたことを、手を動かしながら尋ねた。
「今さらなんだけど」
「なに?」
「リンは国の歴史や風習について知らないの? 王都に上がりたがっているけれど、時計樹の化身なら全部知っているのかと思ってた」
たとえ幼くても時計樹として、リンは全知全能なのかと勝手に考えていた。
だけどわたしや陛下の話にいちいち驚いてみせて、興味を持って聞いてくる姿は、普通の子どもと同じだ。
そのことをずっと疑問に思っていた。
「うん、そうなの。僕にはここからの記憶しかないんだ」
するとリンが珍しく悲しそうに視線を床に落とした。
陛下がその頭をぽんと撫でる。あやすようにしながら説明してきた。
「時計樹の化身だって、真っさらな状態でこの世界に生まれ落ちるんですよ。本来はそれを育てていくのが王の役目です。
だからこそ、一度は王都をこの目で見てもらいたいものですね」
「楽しみだなぁ。あのね、」
どこから情報を得てくるのか、王都での流行について元気に喋りだしたので安心する。
あれを見てみたい、これを買いたい。お土産はこれがいい。
予習は完璧のようだった。
もしかしたらわたし以上に王都のことを知っているかもしれない。