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陛下はどうやら髭と眼鏡がお気に入りのようだ。わたしは男の正装で。リンは少女の姿で。それぞれ、正体を隠す為に変装をした。
リンと顔を合わせて、なんだか面白くなってくすっと笑った。
これはこれで楽しいかもしれない。
毎回変な恰好をしている陛下の心情が少し理解できた。
そしてわたしたちは向かう。
――花祭りの始まった、王都へと。
「伝統にならって、王都の人々にはひと月前から花作りをしていただいていました。国の産業である鮮やかで水に溶けない紙を幾重にも折り重ねて、たくさん。
祭りの間は王都中でこの花が配られます。
愛を告白したり、成功を願ったり、誰かの幸せを祈る為に」
賑わう街中を堂々と歩きながら陛下が説明してくれる。
「貰っては手渡し、手渡しては受け取り――祭りの終わる頃にはその花を家の軒先に飾ります。また1年、幸せでいられますようにと」
説明の最中にも、どんどん花が手渡される。
初めて手にする紙の花。
とても軽くて手を離せば風に飛んでいってしまいそうだ。
赤。青。黄色。緑。紫。橙。世界じゅうのすべての色が揃っているように思った。
形も様々で、単純に折られただけだと分かるものもあれば、鋏を使って複雑に作りこまれた立体的なものもある。どれもが掌いっぱいの大きさをしていた。
あまりにも軽い調子で貰えてしまうのでびっくりしてしまう。
無造作に、だけど皆笑顔だった。
「きれいですね」
陛下が花を空に翳してみせる。光が透けてきらきらと輝いていた。
その姿がタスクに重なる。
首を左右に振った。陛下とタスクは別の人間なんだ。
「他人の幸せを願って作られているから、想いがこもっている。だから美しく感じるのでしょう」
「はい」
それでも初めて素直に頷くことができた。
「わわわわ!」
「ほーら可愛いお嬢ちゃん! たくさん持っていきな!」
完璧に少女に変装しているリンの両手には、いつの間にかたくさんの花が積まれていた。
「リンにあげたひとはきっと何倍にも幸せが返ってくるね」
「え、え、どうだろう〜」
あまりにたくさんすぎて目を回している姿が微笑ましい。
「皆が笑顔でいる。これが僕の見たかった景色です」
陛下は貰った花を次々と別の誰かに手渡していく。この花は僕の為のものではありませんから、と楽しそうだ。
「タスクがいたら、お前こそいっぱい持っとけって押しつけてきそうですけれど」
「ふふ。そうかもしれませんね。それからきっと、サラにも遠慮するなって怒りだすんですよ」
「想像できます」
なんだかおかしくなってきて声を上げて笑う。陛下とこうやって穏やかに話すことができるのも、初めてだった。不思議な感覚。
「サラ、へーか、助けて〜」
リンは花を受け取りすぎて前が見えなくなっていた。
「しかたありませんね」
ひょいひょいっと、楽しそうに陛下がリンから花を貰う。
「時計樹の村へ持って帰るといいですよ」
そしてわたしへ。
「ありがとうございます。いいお土産になりますね」
真っ先に墓地へ、そしてウイカへ渡してあげようと思う。わたしの起こした事件は村まで届いているだろうから、心配させてしまったことも謝らないといけない。
さて、と陛下が立ち止まる。
「広場では屋台も並んでいるので、行きましょうか」
父のときよりも立派にしたかったんです、と陛下は付け加えた。
長く国が栄えますように。それが王としての務めだと。
先代の国王も、初めは同じことを考えていたのだろう。だから世継ぎを守る為にタスクを創りだした。それがいつの間にか、捻れていってしまった。
同じ轍を踏まないようにと願っていたタスクのことを想うと、やっぱり少し涙が滲む。
もしかしたらタスクは、陛下にもわたしを見ておけと言っていたのかもしれない。
だとしたら本当にお節介な人だ。でも、その通りだ、とも思う。
そんなあの人のことを心から尊敬して、慕っていた。
これからもずっと。
それでいい。二度と逢えなくても、想うことは、できるから。
中心部にある広場は、普段とは比べものにならないくらい賑わっていた。
どんどんと増えて、今や花は両手で持ちきれなくなっている。通りすぎるひとたちと交換し合う。
やっと手が空くと、はぐれないようにリンと手を繋いだ。
わたしの望みとは、何だろう――
ちらりと横を歩いている陛下を見遣る。
逢いたいひとに逢えないのなら、せめて同じ相手に想いを馳せているこのひとが、幸せになれればいいのに。
他の誰かの幸せを願うことしかしない不器用なこのひとが。
「この耳飾り、かわいいですね。サラに似合いそうです」
陛下が屋台に並べられていた小さな装飾品を手に取る。花飾りを模したミニチュア。
わたしの耳元に当ててみて、これは違う、それはどうだ、と勝手に選びだした。
毎日きらびやかな装飾品に囲まれて生活しているのに、庶民的な物が好きなのだろうか。
もしかしたらタスクのように変なコレクションがあるのかもしれない。
とにかく、とても楽しそうに映った。
「これもいいですね。迷います」
「変なのだけはやめてくださいね」
「僕の審美眼に不満があるんですか?」
わたしは無言で答えてから、リンを見て何気なく問いかける。
「そうだ。リンは、願い事ってある?」
時計樹の化身に能動的な望みはないだろうけれど、と思っていたら、うーん、とリンが眉をひそめて悩み出した。そしてとびきりの笑顔を返してきた。
「大好きなサラが、ずーっと笑顔でいられますように! 僕、サラのことが大好きだから。
優しいし、ご飯も美味しいし。だから、泣かないでずっと笑っていてほしいな」
――大好き。
そのひとことで充分だった。涙を我慢することはできなかった。
「あれ? ぼ、僕、なんだか悪いこと言ったかな? ごめんなさい」
「違うの、違うの……」
膝をついてリンを抱きしめると、懐かしくて、柔らかく、甘い香りがした。
タスクと同じ、時計樹の香りだった。
時計樹に『愛』がないなんて嘘だ。
愛があるからこそずっと世界を見守ってきたくせに。たくさんの想いを集めて、葉を生い茂らせて、ぐんぐんと育って。天まで届きそうなくらいに。
そして花は民が創りだして。
民と、時計樹。ふたつによって、国は長く続いていくのだ。
「ありがとう」
タスク。
これが、貴方の『答え』だったんだね。
「サラー。く、苦しいよぅ。いつも力、強すぎ!」
「ふたりして往来で何をやってるんですか」
やれやれ、と陛下が肩をすくめた。手には小さな紙袋を持っている。
「耳飾りも買ったし帰りましょうか。ほら」
そして帰り道は、リンを中央に、3人で手を繋いで。




