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3-5


 冷たく暗い独房はわたしをひどく懐かしい気分にさせた。

 光が背丈よりも遥かに高い位置に小さく空いた窓から射し込む。昼夜はそれで判別できるけれど、時間の経過はもはやどうでもよかった。


 若き国王が即位した日のことを思い出す。

 あの日もわたしはここにいた。

 国じゅうの人間が喜びに沸きたっていた。

 牢番たちも例外ではなく浮き足立っていて、囚人へ豪華な食事が振る舞われた。わたしはそれには手をつけず、じっと壁にもたれかかっていた。かすかに外の歓声が聞こえた。それほど、皆が喜びのなかにいたのだ。


 まるで自分ひとりだけが世界に取り残されているようだった。


 それから数日が経って、わたしに面会を求めた人物がいた。


「……思い、出した」


 どうして今まで忘れてしまっていたのか。


 訪ねてきたのは、正体を隠した国王陛下だった。2人だけで顔を合わせるのは、そのときが初めてだった。

 銀色の仮面をつけて、タスクと同じ姿で陛下は現れた。最初は悪趣味だと嫌悪した。


『ここから出なさい。それが、僕が君に与える罰です』


 微動だにしないわたしに業を煮やしたように付け加えた。

『言い方を改めましょう。生きろ、と言ったのは、タスクです。自分の分まで、人間の生を全うしろと。

 貴女はこれから故郷に帰り、村と共に生きていきなさい。普通の女性として』

 タスクの姿で何を言うんだ。

 今さら普通に生きていくなんて、と。

 思う一方で、違う感情が湧いてきたのも事実だった。


『できますか』


 自分でも驚くくらい、声は澄みわたっていた。


 ――こんなわたしでもできますか。生きていけますか。


 そう、国王陛下に問いかけたのだ。


 そして――決めたのだ。喫茶店を開くことを。タスクのことを忘れないように。

 奇跡が起きて彼にまた会えることがあれば、堂々と胸を張れるように、生きていこうと。


「なんて……馬鹿、だったんだろう」


 自ら死を選んだこと。

 陛下に、国民の前で恥をかかせたいと考えたこと。

 リンを陛下に返そうと思ったこと。

 すべてをなかったことにしようと、どうして思ってしまったんだろう。わたしの独り善がりで、めちゃくちゃにしてしまった。


 だけど、もう無理だろう。

 わたしは二度も間違えてしまった。やり直すことは、もう選べない。

 飢餓状態になりはじめているようだ。

 頭痛と共に意識が朦朧としてくる……。





「……ラ。サラ!」

 ゆっくりと瞼を開けると、今にも泣き出しそうなリンがわたしを覗き込んでいた。

「よかった……。今、先生を呼んでくるね!」

 リンがぱたぱたと空間から出て行く。

 わたしはとても眩しい、小さな部屋にいるようだった。

 両手には枷をはめられていて身動きは自由にとれない。

 ふかふかの寝台に寝かされているようだった。ゆっくりと体を起こすと、立派な部屋のようだった。

 何回か姿を見かけたことのある医者がリンと一緒にやって来て、栄養失調だと告げた。飴のような物を渡されて、促されるまま口に含む。

 久しぶりに固形物を口にしたので少し吐き気がする。飴は苦いような甘いような変な味がした。


「サラ。窓の外を見て」

 壁側に大きな窓があった。

 リンがわたしに背を向けたまま呼ぶ。わたしはふらふらと歩いて窓辺へ向かう。よろめきかけると医者が支えてくれた。


「見てみて。今日は、花祭りの前夜祭、なんだって」


 ここは城のなかでも高い位置にある部屋のようで、バルコニーから城の庭まですべてが見通せた。

「陛下が僕たち国民に向かって、花祭りの開催宣言をするよ。――ほら」

 陛下の後ろ姿と、庭に集まったたくさんの人々が視界に入る。

 花祭りが始まるということは、わたしはどれだけの間、牢にいて……眠っていたのだろうか。


「僕、いろいろ聞いたよ。サラが眠りについている間。仮面の隊長さんのこととか、サラがどうして村でお店を開いたのかとか。それから、陛下の話も、たくさん聞いた」

 ぽつり、ぽつりと。

 言葉を区切りながら、選びながら、リンが言った。

「陛下は、仮面の隊長がいなくなって、ぽっかりと心に穴が空いたような気持ちになっていたんだって。

 それでも、王の地位を譲り受けたから、立ち止まっている訳にはいかなかった。自分は、自分の為ではなくて、国の為に生きているんだ。そう言い聞かせて、がんばってきたんだって」

 それは初めて耳にする、陛下の物語だった。

「そして、疲れが限界に達しそうなときに、時計樹の村に行ってみた。すると、僕が」

 僕、の響きに若干の違和感が込められていた。

「どうしてだか約束よりも早く生まれ落ちていた、新しい時計樹の化身が、そこにいた。


 ――自分の契約した時計樹が。


 悲しくて、嬉しくて、羨ましくて。だからこっそりと身分を隠して、喫茶店に通っていたんだって」

 外の歓声が大きくなる。

 陛下が何かを語り始めたようだった。


「お祭りが始まるね」


 わたしは何も言えずに黙ったまま窓の外を見ていた。


「皆、国王陛下に、期待しているんだよね。明るい未来とか、希望とか。だけど、陛下自身の未来や希望っていったいなんなんだろう」

 陛下が深く頭を下げて、くるりと民衆に背を向けた。城内に入っていく。


 自分の、浅はかさが。

 恥ずかしいという感情が、膨らんでいた。

 鼻の奥が熱くなって視界がぼやける。枷をはめられたままの腕で乱暴に目をこすった。だけど涙は次から次へと溢れてくる。呼吸が苦しい。

 何の為に泣いているのか自分でも分からない。


 リンが振り向いてわたしに近づき、怒っているような、泣いているような、笑っているような表情で、そっとわたしを抱きしめた。子どもが母親をあやすように、そっと。

 かつて、タスクがわたしにそうしてくれたように。


「……たしっ、……いのは、けだって……」


 辛いのは自分だけだと思い込んでいた。

 でも、ウイカたちも、国民全員、それぞれに想いを抱えていて。

 その期待を陛下は受け止めて。

 わたしの、傷さえも。


「ようやく理解しましたか」

 さっきまで演説していた筈の陛下が部屋に入ってきた。

 冠を外して小さな台に置く。ふぅ、と小さく息を吐いた。

「幼すぎて見ていられませんでしたよ、まったく」

「ずっ、び、ばぜん……」

 リンを挟んでわたしの向かいに立った陛下は、懐から取り出した小さな布をわたしの頬に当てた。

「泣き止んでください。話は、それからです」


 客室だと思っていたのは陛下の私室で、つまりわたしは倒れた後に陛下の寝台に寝かされていたらしい。

 土下座して済むレベルの問題ではなかったけれど陛下は飄々と言い放ってみせた。

「僕の寛大さに感謝してくださいね」

「あの、傷の程度は」

「擦り傷です」

 と言いつつも、服の袖をまくって治療の跡を見せてくる。少しだけ肌の色が変わっていた。わたしが謝ろうとするのを陛下は制してきた。

「あんな事件を起こせば、処刑されてもおかしくないんです。

 いろいろと言いくるめるのには苦労しましたが、サラが戦争による心の病であったと周知させてとりあえず収めました。

 その治療の為に王家専属の医師によって、責任を持って治療させるということにしてあります。

 ありがたいことに同情論の方が僅かに多かったので、少数派には黙ってもらいました」

 簡単に言ってのけるけれど容易なことではない筈だった。

「はぁ……」

「納得したところで、出かけましょうか。歩けますね?」

「え?」

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