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3-2

***



 共同墓地には、ウインだけではなく、戦争で命を落とした人たちの遺骨が納められている。

 それから、きっとわたしの両親も。物心ついたときから独りでいたので、どんな人たちだったのかは全く思い出せない。

 わたしはそんな共同墓地の近くの、時計樹からは一番遠い小さな家に一人で住んでいた。恐らく両親もここに住んでいたのだろう。

 村の皆はわたしにとても優しくしてくれたけれど、いつかここを出て行こうと心に決めていた。

 軍に入れば衣食住すべてが保証されて、仕事もある。そう教えてもらってからは、兵士になることを目標としていた。

 こっそりと村を飛び出して受けた試験。それからの目まぐるしい日々。戦争が終わって、心が張り裂けそうになって、生きることを拒否して。


 帰ってきて真っ先にしたのは、生家を取り壊すことだった。


 自分の代わりに、家を。

 その場所には今は何もない。


「サラー! サラー!」

 遠くからわたしを呼ぶ声がした。今でも泣き出しそうな顔でリンが駆け寄ってくる。そして、勢いよくわたしにぶつかるとそのまま抱きついてきた。

「家にいないからびっくりして探しちゃった!」

 声がくぐもっている。泣いているのかもしれない。

 わたしはリンの頭を撫でてあげた。

「ごめんね」

 顔を上げたリンは予想通り涙を流していた。

 もう一度ぎゅーっとわたしに抱きついてくる。

「サラがいなくなっちゃったらどうしようって、僕、心配で」

「ごめんね。だけど、よくここだって分かったね」

「村の皆が教えてくれたの。きっと、ここだって。ここには昔、サラのお家があったって教えてもらった」

 わたしから離れて、リンが地面を見つめた。

「この場所に住んでいたの?」

「うん。今のリンぐらいの年齢のときに、ね。王都に上がってからは一度くらいしか帰らなかったから、ずっと空き家にはなっていたと思う」

「ひとりで暮らしていたってウイカおばさんが言ってたんだけど、サラのお父さんやお母さんはどこに行っちゃったの?」

「さぁ」

 答えようがなかった。

「リン。わたしに、家族っていなかったの。ずーっと独りだったから。別に、それが普通だと思ってた。

 だからリンと暮らすようになって、今すごく楽しいし、この前いなくなったときは本当に不安になった」


 独りで生きてきたから、ずっとそうしていくのだと思いこんでいた。

 誰かと一緒にいてもいつかはいなくなってしまう。

 それなら、独りでいた方がいいと。そう思っていた。

 だから時計樹の下でリンと出会い、共に暮らすことになったのは本当に奇跡だと信じていた。


 城でリンが言ってくれたこと。

 わたしのことを家族だと思っていてくれて、うれしい。


「両親のことは全然覚えてないからいいんだ。今のわたしの家族は、リンだから」


 たとえそれが王命だったとしても――。

 リンが、人間でないものだったとしても、とは言わないでおいた。


 喜びと同時にこみ上げるのは虚無感。ずっと考えていた。

 どうしたって、結局は国王陛下と契約した存在なんだということが胸のどこかで引っかかっている。いつか国に有事が起きた際はどうなるか分からないのだ。

 それは、『先代』が示している。

「うん! 僕も、サラがいてくれて楽しい!」

 無邪気にはにかむリン。

 わたしを求めてくれればくれるほど、穴が広がっていく。

 だけど今だけは。

 この子は、わたしの傍にいてくれる。

「サラ」

 ほんの少しだけ凛とした表情で、手を上に差し伸べてきた。

「帰ろう」





 この日の為に新調した、漆黒のドレス。

 髪の色に合わせて、存在を引き立てるような色合いを選んでもらった。女性を美しく見せることを追求した細くて妖艶なフォルム。

 簪は特別にウイカから貸してもらった。

 舞踏会で身につけることを躊躇されたが何とか説得した。絶対に返して、とは言われなかった。これは元々あんたのものだから、と珍しく寂しそうにしていた。


 特別に与えられた更衣室。

 勢いよく扉を開けたリンが目を丸くして、呆然としていた。

「ちょ、ちょっと、リン……?」

 はっと我に返ったリンがわたしの両手を取る。満面の笑みで何度も頷いた。

「すっごく似合ってるよ、サラ! どんなお姫さまよりもきれいだ! サラが一等賞だ!」

「ありがとう」

 わたしはこの日の為に、新調した短刀を、太腿のガーターベルトに隠していた。

 悟らせないように、心から褒めてあげる。

「リンも、かっこいいよ」

 今日の日の為に、前回よりも費用を惜しまず正装を用意してあげた。

 大事なエスコート役。時計樹の化身として相応しい格好を。恐らく、この衣装はこの先何度も身に纏うことになるだろうから。

 えへへ、とリンが恥ずかしそうに笑う。




 ――いよいよ舞踏会の当日が訪れた。




 特注の短刀の鞘、その感触を太腿で確かめる。国じゅうのどんな刃物よりも切れる、滑らかで鋭い物。

 誰にも気づかれてはいけない殺意を、幾重にも微笑みで隠す。

 あの最後の作戦でタスクがそうしていたように。


「行こうか」

 手を差し出すとぎゅっと握り返してきた。少し緊張しているようだった。

 ――見ていてね、タスク。

 心のなかでそっとひとりごちる。




 扉の向こうは、ダンスホール。




 3人の肖像画が見下ろしている広間だ――

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