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大広間を見渡せる通路の奥にその小さな肖像画は飾られていた。
金髪で紅い瞳の幼い女剣士と、仮面をつけた男、それから今よりももっと若い頃の国王。柔らかい雰囲気の絵画のなかで、全員微笑んでいる。
その絵の下に小さな椅子が置かれていて、広間で催される舞踏会などを高いところからゆっくり眺めることができるようになっていた。
「これ、サラ?」
絵の中の少女を、手を繋いだままのリンが指差す。
きらきらと尊敬の眼差しを向けてきた。
「うん、そう。まだ飾ってあると思わなかったけれど」
懐かしさで胸がいっぱいになる。
もう二度と取り戻せない時間の記憶が涙となって溢れ出そうになるのをぐっと堪えた。
「戦争が本格的に始まった頃に、陛下はよくここで考え事をされていらっしゃった。前国王の始めた戦いをどう終わらせるか考えていたんだと思う」
ウインの亡き後。
副隊長として責任感が芽生え出してから、何回かタスクについて行って3人で食事をとることがあった。陛下は元々口数が多い方ではなかったけれど常に真剣に国の行く末を憂いていた。
そもそも先の戦争だって、前国王が望んだものではなかったのだ。
平和を愛して他国との共存を願っていた穏やかな国王。
それなのに些細な国家間の争いから、いつの間にかおかしくなっていった……。
この肖像画は戦争が終わる直前の食事会で、陛下が絵師を招いて描かせたものだった。わたしもタスクも嫌がったけれど、陛下の強い願いにタスクが折れて、結果としてわたしも従った。
だからなのか絵のなかの女剣士の微笑みは若干、こわばっている。
リンがじっと肖像画を見つめながら言う。
「僕、青空学校で勉強したよ。先の戦争は、王子の立てた作戦で勝利をおさめて終結させた。その作戦は、紅い花と呼ばれた剣士を中心として実行された、って」
血煙の上る戦場。
颯爽と紅い髪を風になびかせて駆け抜ける女剣士は『戦場に咲く紅い花』というふたつ名を冠していた。
彼女の通った後には、幾つもの朱い花が残ったという。
そんな風に、おとぎ話のように、美化されている。
わたしは少し迷ったけれどリンに話すことを決めて――そっと肖像画の仮面の隊長に触れた。
もう二度と会うことのできないひと。
「事実は少し違って、作戦には主役がもうひとりいたの。王子と瓜二つの姿で、普段は仮面をつけて素顔を隠していた、影武者。
銀の隊の、隊長だった」
そして、わたしの大切なひとだった。
「作戦の名前は『藍色の闇』。
仮面の隊長が王子に扮装して敵地に赴くことから始まり、その命を犠牲にして、敵国の王を討った。わたしはその手助けをしただけ。ただ、隊長は決して素顔を表舞台に晒してはいけなかったから」
事実は捻じ曲げられて――偽りの真実となった。
「どうして?」
わたしはしゃがむと、リンに目線を合わせる。
「それは、リンと同じ『だった』、から」
タスクは先代の国王によって創られた時計樹の化身。王子を守る為だけに存在を許された影武者。
……だった。
「リンがここにいるということは、タスクは、もうこの世界の何処にもいないということ」
認めたくない気持ちを無理やり抑えてようやく言葉にすることができた。
王族しか知り得ない時計樹の秘密。
国王が即位する際に、化身を、思いのままに創造する。自分の意のままに動く、自らを王と証明する存在を。
タスクはあのとき、寂しげに微笑んで、教えてくれた……。
ぽた。
頬を伝って、涙が床に落ちる。
ぎゅっとリンがわたしの手を握ってきた。
「僕がいるよ」
懸命に、訴えるような眼差しでリンがわたしを見つめる。
「あのね、実は。宿題は戦争についてじゃなかったんだ。
家族について調べる宿題だったんだ。僕にとっての家族は、サラだから。サラのことをもっと知りたかったんだ。
辛い気持ちにさせてごめんなさい。
だけど、一緒についてきてくれて、ありがとう」
純粋な瞳と言葉。
それはつまり、わたしを孤独にはさせないと、タスクが望んでいたということなのだろうか。
「それは私にとっても同じですよ」
振り向くといつの間にか陛下が背後に立っていた。
「私も貴女を家族の一員として迎えたいと、真剣に考えています」
微笑を浮かべながら陛下が近づいてくる。
不意に、心に冷たい風が吹いたような気がした。
タスクを犠牲にして国の平和を手に入れた国王陛下。自らの半身を冷酷に切り捨てた人。
他に、方法があったのではないか。ずっと葛藤してきた。
抑えていた、心のなかの醜い部分がざわざわと動き出す。
コノヒトガイナケレバ、タスクハ。
陛下が右手を差し出して握手を求めてきた。
わたしはごくりと唾を飲み込んで、一呼吸置いてからそれに応じる。
この人を、奈落の底に突き落としてやりたい――
そのとき陛下は微笑んだままでいられるのだろうか。
表情を、見てみたいと思った。




