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fragile 〜残り香は花に舞って〜  作者: shinobu | 偲 凪生
episode 2. welcome to my past
11/20

2-6


 何回か利用したことのあるダイニングは、本来ならば王家に関わる重要な人物しか入ることが許されない場所だった。今日はそこに陛下とリン、わたしの3人で座っている。

 給仕されたのは豪華で美味しいものばかり。

 薄くスライスして焼かれた芋、その上に乗った肉。

 ソテーされてきれいに盛りつけられたきのこ。

 穀物粥はとろけるように滑らかな食感で、熱々をお代わりすることができた。

 野菜も色とりどりで見たことのないものばかり並んでいる。

「どうぞ、遠慮なく」

 勿論、遠慮という単語を知らないリンは真剣にがっつく。すごいと美味しいという感想を駆使して、次から次へと口に運んだ。

「お肉! すごく! 美味しい!」

 一方でわたしは、材料や味つけが気になってしょうがなかった。

 芋が庶民の食材だとすると、高級食材であるところのきのこがふんだんに使用されていて、それだけでも溜息が出た。何種類もあって、味も食感もすべて違う。そもそも市場で見かけたことすらないものばかり。

 こんなに豪勢だと、喫茶店で出しているメニューを陛下に提供していることが恥ずかしくなる。

「この果物、前にウイカおばさんがくれたやつだ。うれしい〜」

 興奮しているリンを見遣って、わたしは陛下に頭を下げる。

「……すみません」

「いいんですよ。普段、ご馳走になっているお礼です」

 そんなにたくさん食べられないわたしと、ちまちま丁寧に口に運ぶ陛下は、リンに比べて減りが少ない。

「こうして食卓を囲むのは、本当に久しぶりです。即位してから毎日あっという間に過ぎていたものですから、城内でゆっくり食事をとることができていませんでした。とても、懐かしく感じます」

「そう、ですね」

「あの頃はよく3人で食事をしましたね」

 はい。答えながら、食欲がどんどん失せていく。

「肖像画はまだ飾ってありますので、よかったらリンにも見せてあげてください」

 わたしは弾かれたように陛下を見た。

 陛下は口元を布で拭いながらリンに視線を向ける。

「話してあげるといいでしょう。タスクのことを」

 ――どうしてわたしから?

「貴女の方が適任だからです」

 問いかけを予測していたのだろうか。陛下はもう一度わたしにウインクをしてきた。

「その為に、わたしたちを城へと招いたのですか?」

「はい。ですが、それだけではありません」

 僕にだって感傷に浸る権利はあるでしょう?

 陛下の言葉に何も返すことができず、わたしは俯くしかなかった。





 城の中を案内できるほど、かつてのわたしは城と国王軍の宿舎を自由に出入りしていた。迷子になったこともあるくらいだ。勿論、秘密の抜け道だって知っている。

 入ってもよさそうなところ、通っても大丈夫なところをリンに案内してあげながら、昔の記憶が徐々に蘇っていた。




***


 タスクたちと出逢ってから――


 橙の隊長は除名されて『故郷に帰って』行った、と教えてもらった。わたしは被害者になりかけただけだったけれども、彼は驚くことに男女問わず部下を『傷つけて』いたという。


 そしてわたしは試験結果が散々だと知らされてはいたが、文字が読めず武術の心得もないのに、奇跡的に国王軍に入隊していたらしい。橙の隊長が、『そういう』目的でわたしを目に留めたのだろうと後になって思ったけれど、真偽の程は分からない。

 さらに。

 理由は分からないけれど、わたしは特別に王子様の側近の、部下のようなものになった。

 王子様の側近。常に銀色の仮面をつけた男。

 しろがねの隊の隊長であり、すべての軍を束ねる男。その正体は誰も知らない。


 仮面男の時間があるときに読み書きを教えてもらったり、稽古をつけてもらったりして、人並みにいろいろとできるようになったのは1年ほど経ってからのことだ。

 この頃の王国がまだ平和を保っていたからこそ、できたことなのかもしれない。


「サラ」


 わたしは城内の端っこにある塔の1番上に住まわせてもらっていた。そこに入れるのはわたし以外には仮面の隊長だけだった。

 とは言っても、タスクが訪れることなど滅多になかったけれど。

「どうかされましたか?」

 わたしは敬語を話せるようになっていた。

 急にタスクがやって来たことに驚きすぎて目を丸くしてしまう。ぴしっと背筋を伸ばして立っていたらタスクは苦笑いを浮かべた、ように見えた。

「改まって立たれると違和感がある」

「立場をわきまえることを覚えたんです」

「怒るなよ。今日はお前に大事な話があって来たんだ。まぁ、座れよ」

 促されて椅子に座ると、タスクはわたしに向かい合った。

 もう一脚の椅子を指差したら首を横に振られる。立ったまま、両腕を組んでタスクが話し出した。

「この1年でお前は言葉も覚えたし、おぼつかないながら剣術や体術も身につけた。そろそろ軍に戻って、本来の業務についてもらおうと思う」

 えっ、という声が思わず漏れてしまった。


 だけどそれは当然のことだった。

 今まで特別扱いされていたことがおかしかったのだ。わたしは唇を噛んでタスクの言葉の続きを待った。


「俺の部隊にまずは下っ端として入ってもらう。ゆくゆくは一個隊を任せたいんだが、……何驚いてるんだよ。お前はお前が思っている以上に素質があるんだ。

 それに師匠が俺だからな。間違いはない。そういう訳でここは今日中に出てってもらう。銀の隊の宿舎に部屋は用意してあるから、今後は他の隊員と共同生活を送ること。

 いいな?」

 用件だけを告げるとタスクは去って行った。

 取り残されたわたしは、急に心が空っぽになったような気がして、呆然としていた。


 わたしは、何を期待していたんだろうか。

 あのときタスクがわたしを助けてくれたのは、兵力のひとつとして見ていたからだ。

 わたしが軍に入隊したのは、生きる為だ。身寄りがないから生きる術が欲しかった、ただそれだけ。

 始まりに戻るだけだ。

 それなのに、途方もない気持ちになるのは……とんでもなく寂しいのは、どうして?

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