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ゆっくりとまどろみから抜け出ると、車窓は次から次へと流れていた。
リンが窓に張りついて、初めて目にする風景に声を上げていた。どうやら好奇心を刺激するものばかりらしい。
わたしが初めて列車に乗ったときもこんなに興奮していただろうか。随分と昔のことのように思えて、あまり思い出せない。
時計樹の村から王都へ上がる最も効率的な方法は、列車だ。
もう何年も前、軍に入隊する為に初めて利用したときは、最後尾の貨物部分の、さらに外に立ちっぱなしだった。そこなら無料でいいと車掌に言われたからだ。
今回、当然のように陛下が特等の個室を用意してこようとした。
飲食が無料で、清潔なお手洗いもついていて、いつでも寝られるように柔らかな寝台もあるらしい。気軽に乗車券を買える値段ではないと知っていたのでなんとか断ったが、リンは残念そうにしていた。
それでも一般車の自由席は混雑するから避けたいという思いはあったので、指定席を予約した。
自由席に比べて窓が大きいので、これはこれでリンも満喫しているようだ。
人混みはあまり好きではない。
自分の容姿が目立つことを知っているし、先の戦争で関わった人間といつ再会してしまうか分からないから。
「サラー、ねぇ、聞いてる?」
「ごめん。どうしたの?」
景色に飽きたリンがわたしの顔を覗き込んでいた。
「お腹空いたから持ってきたパンを食べてもいい?」
「どうぞ」
鞄からパンを取り出して渡してあげると、本当に空腹だったようでかぶりついた。
リンが青空学校へ着て行っているものとは別に新調した民族衣装には、袖と胸元に若草色の糸で蔦をイメージした刺繍が入っている。時計樹の葉をイメージして仕立ててもらったもので、これなら王都でも馴染んでくれるだろう。
男物の民族衣装は刺繍糸の色やデザインで家系を示したり個性を出す。
対してわたしが今回用意した物は、それに加えてスカートの丈や形も多種多様で、選ぶのが面倒だった。
最終的に、刺繍糸は紅でデザインは最もシンプルな植物柄。スカートの丈は長めで、形は真っ直ぐにしてもらった。
初めて正装を仕立ててもらったけれどこんなに大変だとは思わなかった。
実際に着てみると、改まった恰好は少し窮屈に感じた。
それに比べて軍服のなんと動きやすかったことか。……当たり前か。
「サラも食べる?」
「ううん、大丈夫。なんだか胸がいっぱいで食欲が湧かない」
気をつけていても感傷的になってしまうことに自嘲しながら、窓の外を見遣る。
景色が目映く感じるのは、外の光が強いからなのか、それとも。
*
やっぱり、眩しい。
大きな窓から射し込む光に目を細めた。
何となく居心地の悪い、むずむずとした感覚があり、やはり王都へ上がるのはやめておけばよかったという後悔が一瞬頭をよぎった。
「大丈夫だよ、似合ってるよ、サラ」
リンがわたしの手をぎゅっと握ってくる。
王都に着いてまず陛下の遣いが迎えに現れた。
どこまで聞いているのかは知らないが、わたしの顔を見て怪訝そうになったものの城へと招き入れられた。案内されたのは大きな窓のある白を基調とした客間。棚には高価そうな調度品の数々が並べられている。客賓をもてなす為の空間のようだった。
しばらく待たされた後に、謁見の間に通された。巨大な空間に黒くて長い敷物。その先には段高く玉座が存在する。陛下はゆったりと腰かけてわたしたちを見下ろしていた。
「この度はお招きいただきありがとうございます」
「ありがとうございます!」
わたしが傅くと、真似をして慌ててリンも遠くの陛下に向かって頭を下げた。
「顔を上げてください、2人とも」
陛下がきちんと王として正装を身に纏っているのを見たのは初めてだ。
重厚な色の上着には、王家の紋章が美しい色の糸で刺繍されていた。体に沿った造りの衣装は、細身の体型を美しく見せている。陛下は細いけれど筋肉はきちんとついているようで、華奢なのに強い印象を与えていた。
喫茶店に現れるときの妙な変装とは違い、威厳を感じさせる。
これが、現国王の本来の姿。
「どうしました? 見とれでもしましたか?」
まったく真意の読めない発言をしてから、陛下はふっと笑みを浮かべる。ひじかけに右肘をついて、足を組んだ。
「ようこそ」
は、はい! とリンが変に緊張した大声を上げる。
ようやく城にいるという自覚が芽生えたらしい。
「緊張せず、いつも通りにしてください。首を長くして待っていましたよ。今日はこれからいつもご馳走になっているお礼にささやかな食事会を予定しています。昔話でもしながら、楽しい時間を過ごしましょう」
「いえ、夕食は……」
「いいじゃんサラ。僕、お城でご飯食べてみたいな」
リンがわたしの左袖を引っ張りながら囁いてきた。
何か陛下に言われたのだろうか。王都へ上がりたいということもそうだけど、自分の主張を曲げないのも珍しいことだった。
一度きりのことだと自分に言い聞かせる。それでも気持ちは消化不良のまま、わたしは頭を下げた。
「自分の家のようにくつろいでください。城の者には話を通してありますので、城内を探検してもらっても構いませんよ」
「探検! したい!」
「サラに案内してもらうといいでしょう。では、私はいったん公務に戻ります。食事会までには終わらせたいので」
すぐに緊張は解けたらしく、はーい、また後でねーとリンが手を振る。
だけど陛下の姿が見えなくなってからぽつりと呟いた。
「……怒ってる?」
「ちょっとだけ」
小さく低く答えた。やはりリンは分かって行動していたようだ。
眉毛がへの字に下がっている。
「ごめんね、サラ。今だけ、僕の我儘を聞いてもらいたいんだ……」
本当はとても気が進まないけれど、という前置きを飲み込んでわたしは無理やり口角を上げてみせた。
「しかたないか。ご飯を食べたら、城の中、歩いてみる?」
「うん! お願いします!」




