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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

白い狼と赤ずきんの少女~童話「赤ずきん」のif~

作者: 無色花火

短編投稿4作目です。

以前ちょちょいと書いた2000字程度の小説をちょちょいとアレンジしてかさまししたものです。


※初回投稿時より内容を数箇所、加筆・変更しております。

 草木生い茂る、悠々と活きる森の、ずっと深く。

 白鳥も羨むほど美しい白をした狼が、兄と2匹で暮らしていた。


 ──黒狼の兄と白狼の弟。


 森の動物達は彼らをそう呼んだ。


 2匹の違いは目に見える部分だけでなく、性格もまた対照的だった。

 白の弟は比較的穏和で動物達を襲うこともなく、狼としては非常に稀な存在だった。彼が肉を食う時、それは自然のうちに命を落とした動物の死体くらいである。

 対して黒の兄は凶暴、獰猛、好戦的、猟奇的。弱肉強食を体現する、まさに大多数が想像する狼だ。


 血を交わしながらここまで違う両者は当然と言うべきか、良好な兄弟関係を築くこともなく、行動を共にするのは眠る時くらいだった。


 生活のほとんどをひとりで過ごす白狼は、その日も例に漏れず、独りだった。

 朝起きると兄はいまだ瞑目していびきをたてている。白狼はそんな兄を一瞥すると、日課である森の散策へと赴く。


 森で出くわす動物達は白狼を目にしても怯えない。白狼が温厚なのは動物達の間では周知の事実であり、ちょっとした有名人ならぬ有名狼なのだ。


 今日はなんとなく、いつもの散策コースから外れた。茂る低木の間を掻き分け抜ける。そこで白狼は普段見ぬものをその目に捉えた。


 そこには少女がひとり、立っていた。赤い頭巾を被り、果物の入った籠を腕に提げ、頭巾の隙間から窺える顔には、およそ表情と言えるものが見えなかった。


「ここで何をしている」


 白狼は低い声音で少女に問う。威圧する意思はなかったが、流石は狼と言うべきか、温厚とはいえ重みのある声だ。


「別に。ただ、奥の祖母の家へ行くだけ」


 虚ろな瞳のまま淡々と答える少女。森で狼と出くわしたのに物怖じひとつしない少女に、肝の据わったものだと素直に感心した。


「そうか。お前はあの家の主の孫娘なのか」


 白狼は「祖母」を知っていた。直接の面識はないため、一方的にだが。この森に一軒だけある木造りの家に住み、随分と前からいるので動物達との親交も深い、ある意味変わり者のお婆さんだ。


「祖母を、知ってるの?」

「知っているだけだ。関わりはない……だが、現在は病で床に伏せっていると聞いたが」


 少し前から動物達が「見かけない」と言っていて、そこで病気の噂を聞いた。


「ええ。だから看病に行くのよ」


 相変わらず抑揚のない声で話す少女。

 これまで遭遇した人間は誰も彼もが怯え、震え、恐れ、逃げていった。だが少女はそんな様子を微塵も見せない。

 狼たる自分に相対してここまで平静を保つことの出来る少女に興味が湧き、それからも頻繁に会うようになった。



 ~~



 森の近隣にある小さな町。そこには、赤い頭巾がトレードマークの少女が住んでいた。

 性格はひとことで言うと寡黙。それが災いして仲のいい友人もおらず、基本的にひとりでいることが多かった。少女にとって、同年代の子達と話したり遊んだりすることは、退屈としか感じられなかった。


 そんな少女が日課としているのが、森にある祖母の家を訪れることだ。小さい頃に親に連れられて行って以来、ほとんど毎日と言っていいほど通い詰めた。


 祖母は現在体調を崩していて、毎回お見舞いの果物が入った籠を持っていっている。

 同年代の子との仲良しこよしな関係に既に見切りをつけている彼女には、祖母と他愛ない話をして過ごす、それがいちばんの至福で、それだけで十分だった。


 しかし、そんな日常はある日変化を起こした。


 ある日。いつもと変わらず祖母の家へ森を往く。無作為に散らばる落ち葉を踏み、黙々と進む。

 道程の半ばほどまで来ただろうか、そんな時。前方の低木が不自然に音を鳴らした。やがて姿を見せたのは、深緑の森の、まるでアクセントを表すような真白の狼だった。


 ──害はない。


 少女は何故か、無条件にそう思えた。

 事実、白狼は少女を襲うことはせず、それ故に少女もいつもの動じない調子で対峙することができた。


 その日は少し言葉を交わした程度で白狼は去っていったが、翌日からも度々会って話すようになった。

 白狼と話すことは不思議と退屈に感じることはなく、数日もすれば少女の日々の楽しみがひとつ増えていた。



 ~~



 あの邂逅から数週が過ぎ、気づけば、白狼にとって赤ずきんの少女と会うことは日課のひとつとなっていた。


「今日は果物はないのだな」


 会ってすぐ、いつもと違う──少女の手に果物の籠がないことに気づいた。


「祖母に言われた。今日はいいって。多すぎて食べきれないって」

「まぁ、毎日山のような果物を消化し続けるのは無理があるだろうな」

「……」


 白狼が言うと、少女は恥ずかしいのか俯いて顔を赤らめる。


「次からは……気をつける」

「ああ、そうするといい」


 いまだ顔を赤らめる少女を見て、より穏やかな声で言った。


 それにしても、この少女はやはり変わっている。

 森には危険が多い。そんな所に10と少ししかないにもかかわらずその身ひとつでよくも来れるものだ。


「お前は、森にひとりで入るのが怖いと思わないのか? 確かにこの森の動物達は比較的穏やかなものが多いが、中には本当に危険な奴もいるのだぞ」


 言っていて自身の兄の姿を思い浮かべる。白狼が温厚で有名ならば、兄は常軌を逸した危険さで有名なのだ。


「思わない。たとえ思ったとしても、それが入らない理由にはならない。町は……退屈すぎるもの」


 どこか遠い目をする少女。まるで自分の住む町を、知らない町として見ているかのようだ。


「今は祖母と……あなたと話していられれば、それでいい」

「……そうか」


 自分が誰かの「特別」である。それは案外、嫌なものではなかった。

 少女は座っていた切り株から腰を上げると、そろそろ行くと森の奥へ歩いていった。


(まったく、大した娘だ)


 迷いのない足取りで進む後ろ姿に、そう思わずにはいられなかった。



 その夜、珍しいことに兄の黒狼が白狼に話しかけてきた。


「何用だ?」

「なぁに、大したことじゃない。ただ、明日は久々のご馳走なんでな。お前に食わせてやれんのが残念でならんよ」


 やたらに不快な笑みを見せる黒狼。

 ただの自慢話と、白狼は相手にせず、そのまま微睡みに任せて意識を落とした。



 ~~



 翌日。昼頃を前に、少女は町を出た。目的は変わらず、森に入ることだ。ちなみに今日も果物の籠はない。


 今日は白狼に会わなかった。いつもと時間は変わらないが、あの切り株の場所に白狼はいなかった。

 少し残念に思いながらも少女は歩みを進めた。そうして歩くこと十数分。やがて見えた一軒の家、祖母の家に到着した。

 そして、扉に手をかけようとしたところで異変に気づいた。


(扉が、開いてる……?)


 この家の来訪者など、自分以外にはいない。祖母に家の扉を開きっぱなしにする習慣も癖もないし、何より今は床に伏せっている。勿論昨日帰る時もちゃんと閉めたのははっきり覚えている。


 恐る恐る、扉を押して中に入った。


 瞬間、目に入ってきた光景に、少女の全ては恐怖一色に染まった。



 ~~



 目が覚めると、白狼は違和感を覚えた。いつも自分より遅く起きる兄の姿がない。何故か早く起きているのだ。

 確かに今日は感覚的に起きる時刻が遅い気がするが、それにしても早すぎる。


「いつもは昼まで寝ているくせに妙に早い……何かあるのか?」


 ふと思い出されたのは、昨日の寝る前のセリフ。


『なぁに、大したことじゃない。ただ、明日は久々のご馳走なんでな。お前に食わせてやれんのが残念でならんよ』


 そして連鎖的に思い出されたもうひとつのこと。

 白狼は忘れていた。あの兄が、凶暴で、獰猛で、好戦的で、猟奇的で、それと同時に……ズル賢いということを。


 途端に全身が粟立つ。


 刹那、白狼は駆け出した。

 いくら温厚と言えど狼だ。高速とも言えるスピードで、木々を縫うように森を駆け抜ける。

 走って、走って、走り続け、やがて目的地である一軒家に辿り着いた。家の扉は開きっぱなしになっていた。

 白狼は駆ける勢いそのままに家の中へと突入した。


 そこには、影がふたつあった。いや、ふたつしかな(・・・)かった(・・・)

 ひとつは赤ずきんの少女のもの。もうひとつは、黒い獣毛で全身を覆った狼──兄のものだった。


 その場に広がるのは、悲惨。

 窓際のベッドには誰もおらず、その代わりか赤く染っていて、元のシーツの白さはほとんど残っていなかった。

 少女は壁に追い詰められ、その眼前には黒狼が仁王立ちしている。自分には見せたことのない恐怖の表情で体を震わせる少女。黒狼は今まさに、少女を食わんとしていた。


 白狼は力強く吠えた。その雄叫びを言葉にするならば──


 ──その娘から離れろ!!


 そこに普段の温厚さは微塵も残っていなかった。敵を、エモノを確実に仕留めんと牙を光らせる、間違いなく狼だった。

 奇襲もかくやという勢いで黒狼へ突進する。黒狼は弟の行動が予想外だったのか、一瞬動揺を見せるもすぐさま迎え撃たんと対抗するように咆哮する。


 白と黒の2匹の狼が衝突する。牙と爪を以ての殺し合いだ。

 頬を、腹を、脚を、爪が掠め、歯型を刻み、互いの体に幾つもの傷を重ねていく。


「思ったより動けるじゃねぇか。だが、毎日ぶらついて小娘と駄弁っているだけのお前が、狩りで戦い慣れてる俺と同等に殺り合えるワケねぇだろ」

「そんなことは百も承知だ……だが、まだくたばるワケにはいかないんでなッ」


 威嚇するように、己を鼓舞するように2匹は吠え、獣同士の殺し合いが再開される。


 少女はただ、恐怖に竦み震えて見ていることしか出来ない。目の前の光景に、力なき少女は本能レベルで何もすることが出来ない。


 生死を賭けた絡み合いの末、両者の鋭い牙が互いの首筋に食い込む。

 2匹の叫び声が狭い室内に響く。先程と違うのは、両者の叫びが痛みによる悲鳴であるという点だろう。


 時間にして数秒。しかし、誰にもその数秒が何倍も長く感じられた。


 やがて、先に動いたのは黒狼の方だった。否、先に倒れたのが黒狼だった。


 白狼の方が黒狼より先に牙を立て、身に食い込む牙の深度が、黒狼の方が深かった。


 横たわる、既に肉塊と化した兄の骸を置き去り、白狼は少女の元へと覚束無い足取りで歩いていく。そして辿り着いたと同時に、崩れるように膝の上に倒れた。少女は白狼を全身で支える。

 白狼の美しい毛並みが、ジワジワと血で染まっていく。


「すまない、な……婆さんを、救え……なくて……」


 途切れ途切れで言葉を紡ぎ、力なく謝罪する赤い白狼。そこには元の穏やかな声と表情が戻っていた。


「いい……もういい……もういいから! だから、死なないで!!」


 初めてと言っていいほど声を荒らげて訴える少女。白狼を支える少女の手もまた、赤く侵されていく。

 涙ながらの必死の言葉も、もう白狼には届かない。


 声は出ず、耳は遠くなり、視界は歪み、明滅する。体を流れる血の感覚も次第に感じなくなっていく。


 少女に抱かれ、変わらぬ穏やかな表情のまま、白狼は静かに息絶えた。


 家族が死に、捕食者が死に、そして友達が死に、狭く荒れた空間に取り残された少女は、声が、涙が枯れるまで、ずっとひとり泣き続けた。




 ~~




 あれから、そう短くない日が経った。

 あの日の悲劇を知っている者は、ひとりを除いて誰もいない。


 その「ひとり」である少女は、森に入ることをやめてはいなかった。

 祖母と友達(白狼)はいなくなってしまったけれど、今はかつて祖母と仲の良かった動物たちが彼女の話し相手だ。


 少女は今日も森へと足を運ぶ。ふたりの墓のお供えの花と、山のような果物が入った籠を提げ、トレードマークの赤い頭巾を被って。



ありがとうございました。

今作を含め短編ばかりなので、いつか連載書けたらいいなぁとか思ってる最近です。

投稿速度はかなり遅いですが、少しでも面白いと思っていただけたなら嬉しい限りです。宜しければ他作もどうぞ。


……次はいつ投稿出来るかな。

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