第八話 ヤクザと魔法と第一話
今日こそいい日になる。断言してもいい。
なんたって、今日は仕事が決まるのだ。
今しがた電話したばかりの会社は、手ごたえがすこぶる良かった。すぐに面接したいってことだが、それも事務的なことが必要なだけでもう内定だと思っていいって話だ。給料は安いが、贅沢は言えねぇ。そもそも、俺一人食ってけるだけの給料貰えりゃ十分だ。
通り道、公園に入り桜の並木を歩く。この時期、当然葉もついちゃいないが、俺の心の中はすっかり春だ。仕事はしばらく試用期間で日給のバイト扱いってことだが、手持ちのほとんど無い俺に取っちゃむしろありがたい。給料が入ったら何をするか。やっぱり最初は腹いっぱい豪勢な飯を喰って、それから壁の穴を塞ごう。ま、壁の穴はしばらく貯めてからじゃなきゃ無理だろうが。
などと考えながら歩いていると、前の方に女が立っているのが目に付いた。まさに目に付いたって感じだ。そのくらいイカレた格好してやがる。着ている服は異様にひらひらで、手には何やらカラフルな棒のようなものを持っている。
多分、なんかのコスプレだろう。んなもん、自分の家でやりゃ良いだろうに。寒ぃんだからよ。
それだけでも十分目立つってのに、並木道の真ん中に突っ立って何やらぶつぶつ言ってやがる。
「・・・なぜうまくいかないのかしら。理論は合っているはずなのに・・・魔法のステッキだって、ちゃんと手順通り作ったし・・・やっぱり手っ取り早く黒魔法を試してみるべきかしら・・・いいえ、だめよ。みんなに夢と希望を与える魔法少女が黒魔法を使っていたなんて、失望させるような事を・・・とりあえず、もっと練習を・・・」
ヤバイ人だ。
出来るだけ近づかないようにして後ろを通る。本当は違う道を通った方が良いのかも知れねぇが、面接に遅れて印象を悪くするのもいただけねぇ。なんといっても今日ばかりはしくじる訳にゃいかねぇからな。
などと横目に観察しつつ歩いていると、そのコスプレ女は目を瞑り、なにやらぶつぶつと口の中でつぶやきだした。
瞬間。
圧力、というのだろうか。何か目には見えない濃密な空気のようなものが、周囲からその女のまわりに集まってくる。確か、最近同じものを見たことがある。夢魔が壁を壊した時、確かこんな感じだった。魔力と言うのだろうか。まさか、と思うが間違いない気がする。そうして集められた力が、更に魔法のステッキと言うらしい棒の先に流れ込む。それはどんどん圧縮され、圧縮され、もう夢魔が壁を壊した時と同じくらい強い力になっている。
「マジカルぅ」
叫びながら、女が目を開く。そしてそのままステッキごと振りかぶった。
「皆殺しぃ」
いや、皆殺しはねぇだろ、と突っ込みを入れた瞬間。
「ボンバー!」
振り下ろされたステッキの先から放たれた力が一直線に飛び、それが並木の一本に触れた瞬間。轟音とともに爆発。木の幹を半分ほど削り取り、消滅した。
まずい。直感する。ここ何日かでだいたい分かってきた。これは俺がらみのヤツだ。
女が何やら驚いた顔できょろきょろ周りを見回しだす。ヤバイ、と慌てて逃げようとした俺の目前、
「マジカル皆殺しボンバー!」
飛んできた魔力の塊に、地面が爆発した。
「待ちなさい!」
次は当てる、という意思がぎゅうぎゅうに詰め込まれた声で叫ぶ。やっぱり巻き込まれたか。駆け寄ってくる女を横目に見ながら、俺はため息をついた。
「ちょっとあなた、ここに立ってて!」
女は俺の腕をつかむと、並木の一本に向かって逆の手でステッキを振り上げた。
「マジカル皆殺しボンバー!」
さっきとは比べ物にならないほどの魔力がほとばしり、轟音と共に狙っていた木をなぎ倒した。
威力的には夢魔が壁を壊したときと同じくらいか。すげぇことはすげぇが、アレだけの力でこの威力だと、効率が悪い気がしてならない。
などと冷静に考えられるほど慣れちまった自分がイヤだ。
「間違いない、この男が側にいると魔法が使えるんだわ。そうね、大概魔法の国から来たお供と出会って魔法を使えるようになるのがパターンだし、って言うことはこの柄の悪い男が魔法の国から来たお供なのかしら。普通ならお供は可愛い小動物なのに、お供がこんな目つきの悪い、しかも人間の男だなんて、いくらなんでも意外すぎだったわ。でも最近はキモカワイイ系のお供だっている訳だし、お供は可愛いと言う常識とのギャップとインパクトを与えるという点では、こういうのもアリなのかも・・・」
アブナイ人だ。間違いない。それもいろいろな意味で。しかも、俺は今、こいつに明暗を鷲掴みにされている。明暗というか、むしろ命を。
「あなた、名前は?」
「・・・銀二」
勢いに押されて、つい答える。身の危険を感じたってのもあるが。
「駄目よ!」
いきなり叫ぶ。
「駄目の駄目の駄目駄目よ! いい、ギャップっていうのは基本的には王道を踏まえつつ、どこか違う点があるっていう事なの! 外見で十分インパクトを取ってるんだから、それ以外は王道でいかなくちゃ、ギャップじゃなくてただの邪道になっちゃうわ! あなたの名前はポコ! これでオーケー!」
「いやいや、それはいくらなんでも」
言いかけた俺の鼻先にステッキがめり込む。
「・・・何か?」
目が据わっている。これはアレだ、逆らっちゃいけない人の目だ。確かクリスマスに見た。
「・・・ィィェ」
止めてくれ。心の中で思う。が、口には出さない。命はまだ惜しい。
「という訳で、あなたの名前はポコ! 私のお供、あるいはしもべ、あるいは下僕!」
ひでぇ言われようだ。が、口には出さない。命はまだ惜しい。
「そして私は夢と希望の魔法少女エミリーナ!」
叫びつつ、その魔法少女とやらは何やらポーズをとる。随分と練習したのだろう、確かにキマっていた。いろいろな意味で。
「・・・魔女っ子?」
確か、このあいだ奈波を預かったときに一緒にテレビで見たのがこんな感じだった。
「てぇい!」
魔法少女のステッキが俺の脳天を直撃。
「痛てぇ!」
のたうちまわる俺。
「何を言うの! 魔女っ子を名乗れるのは小学生まで! 高校生にもなって魔女っ子なんて名乗れますか! 恥ずかしい!」
「あのな、魔法少女だって十分恥ずかしいだろうが」
頭を抑えながら突っ込む。マジ痛てぇ。こいつ、魔法がなくても十分やってけるんじゃねぇか?
「恥ずかしい訳ないでしょ? だって私は本当に魔法少女なんだから! 『私は高校生です』って名乗って恥ずかしがる高校生がいる?」
駄目だ。こいつは真性だ。
「さあ、自己紹介も済んだところでこれからどうすればいいの? 魔法の国の大臣が人間界を侵略しようとしてるのかしら? それとも闇の力が人間界に悪の手を伸ばそうとしてるの?」
「ねぇよ、そんなもんは」
「そう、じゃあ人間界で善い行いをして、人々に夢と希望を与えるってパターンね! うん、それはそれで王道だわ。そうと決まればゴー!」
じゃあ、まず手っ取り早く俺を助けてくれ。引きずられながら、俺は心の中で悲鳴をあげていた。
魔法少女が来たのは往来の激しい大通り。勘弁してくれ、こんな人目につくところで、こんなイカレた格好の奴と一緒にいるところを知り合いにでも見られたら恥ずかしくて死んじまう。
そんな俺を気にも留めず、魔法少女はきょろきょろと辺りを見回し、
「まず第一のターゲット、不良少年発見!」
指差す先に学生服の集団。人目も気にせず、手に手に煙草を持っている。
「こらあなたたち! 煙草は二十歳になってから!」
魔法少女がスゴむが、その程度でビビるようじゃ不良なんかやってられねぇ。まして向こうの方が人数が多い。
「うるせぇよ。変なコスプレしやがって、頭おかしいんじゃねぇか?」
「てぇい、煙草はともかく、夢と希望の魔法少女に向かって頭おかしいとは何事! マジカル皆殺しボンバー!」
吹き飛ぶ不良学生たち。ってか、怒る理由そっちか。
「夢と希望の魔法少女エミリーナ、人を憎んで罪を憎まず!」
「逆だ、逆」
「何を言うの、罪を犯すのは人間なのよ? 罪が罪を犯す訳じゃないわ。言ってみれば、罪は人間に巻き込まれた犠牲者なのよ。そんな罪を憎むなんて私にはできない!」
駄目だこりゃ。こいつは理屈も超越している。会話をしようとか思った俺が間違ってた。
「さ、次行くわよ!」
もうすっかり諦めた俺を引きずって走る。
「第二のターゲット、道路を渡ろうとするおばあさん発見!」
指差す先に、横断歩道でうろうろしている婆さんがいる。それにかけよると、
「おばあさん大丈夫! すぐに私が渡してあげるわ! っていまの掛詞よね! 私と渡し!」
テンション高けぇ。
「それはともかく、マジカル皆殺しボンバー!」
魔法を食らって吹き飛ぶ婆さん。そのまま道路の向こう側に落下。
「あれ、死んでんじゃねーか?」
「一事が万事、オールオッケー! 渡った後の事まで保証できません! 夢と希望の魔法少女エミリーナ!」
「しろよ」
「次行ってみよー!」
突っ込みむなしく突っ走る魔法少女。引きずり回される俺。
「第三のターゲット、女性にしつこく迫る男発見!」
指差す先に一組の男女。確かに女性のほうは嫌がるそぶりを見せている。
「問答無用でマジカル皆殺しボンバー!」
吹き飛ぶ男。もう先に注意するとか面倒になったらしい。
「ブ男に生きる価値なし! 夢と希望の魔法少女エミリーナ!」
「その台詞が一番夢も希望もねぇと思うが」
「最近は男性用化粧品だって充実してるのよ? やろうと思えば人並みくらいにはいくらでもなれるわ! 自分を磨こうとしない男なんて、駄目の駄目駄目!」
まぁ、それについては幾分共感できないでもないが。
「とか言ってるうちに第四のターゲット、木に登って降りられなくなってる猫を助けようとしてる子供発見!」
よく一目でわかるな、そんなもん。
「何はなくともマジカル皆殺しボンバー!」
吹き飛ぶ木。落ちる猫。泣く子供。
「いやいや、あれはねーんじゃねーか?」
「あの程度の木から降りられないなんて猫じゃないわ! 違う何かよ! そんなのに近づいたら、子供が危険だわ! それはともかく夢と希望の魔法少女エミリーナ!」
間違ってる。いや、最初からわかってたが。
「てゆーか、猫なんていなくなっちゃえばいいのよ! 人に媚びるしか生きる方法がないくせに、妙にプライドが高くて! ええい口惜しい! たまには私にも撫でさせろ!」
どうやら猫に嫌われる八つ当たりらしい。動物は本能で危険なものを察知するっていうしな。
「てぇい、この口惜しさを勇気に変えて! 吶っかーん!」
神でも仏でもサンタでも誰でもいいです。どうか助けてください。
・・・いや、やっぱりサンタは許してください。
「ふうー、良い汗かいたわぁ」
もう辺りは夕焼けに染まっていた。朝から今まで螺子の飛んだ魔法少女にずっと引きずられて町中を走り回っていたのだ。
「俺は冷や汗かきっぱなしだったが」
「第一話の活躍としてはこんなものよね。夢と希望の魔法少女としては、子供たちの教育上、夜の活動は控えるべきだし。きっと今頃、どこかの家の屋根かビルの屋上から悪の女幹部かライバルの魔法少女がこちらを見てニヤリと笑ったところで『続く』の字幕が出てるはずだわ。次回乞ご期待! うーん、燃える!」
あれだけ走り回って無茶苦茶しまくったってのに、異様に元気だ。若さのせいか、こいつが特殊なのか。
「じゃ、そう言う訳で、また来週!」
手を振りながら去っていく。脳天気にスキップなどかましながら。
「・・・なんだったんだ、ありゃあ」
その場に倒れこむ俺。今日はひどい目にあった。巻き込まれたって意味じゃ、今までで一番不幸だったんじゃねぇか? しかも意味不明。
朝の良い気分が台無しだ。
「・・・あ」
朝、良い気分だった理由。今までそれどころじゃなくて忘れていたが。
慌てて時計を見る。
面接の約束の時間から、すでに六時間が過ぎていた。