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第四話 ヤクザと神社と洗面器

 ふと見ると、何やら人がちらほらと石段を上がっていく。中には振り袖姿の娘もいる。

 そう言やぁ、ここは神社だったはずだ。すっかり忘れていたが、今日は元旦。あれは初詣に行く連中だろう。お気楽なモンだ。こっちは賽銭代もまともにゃねぇってのに。

「・・・とはいえ、一からやり直そうと思ったとこだしな・・・」

 せっかく年が変わったのだ。ここで神社に行って、仕切直して新たな人生をやり直すってのは、悪い考えじゃねぇ気がする。あくまで気分の問題だが、それを言うなら心を入れ変えるってのも気分の問題に過ぎねぇしな。

 心が決まって、神社への階段を登る。賽銭代は勿体ないが、その分くらいの御利益は期待しても罰は当たらねぇだろう。神とか仏とか、満更出鱈目じゃねぇってことは充分に知ってるしな。

 神社は、なんか不思議なくらい人が少なかった。元旦っていやぁ、こういうとこはかき入れ時だろうに、こんなんで大丈夫なのかよ?

 もちろん俺には関係ないが、これからお参りしようって神社が御利益が少ないとしたら、あんまり楽しくねぇ。

 とは言え、今だから神社に来ようとか思った訳だから、ここを出てわざわざ別の神社を探すのも面倒くせぇ。ここで済ますことにしよう。

 賽銭箱に向かって財布にあった一番細かい金だった五円玉を放り込み、名前は知らねぇがでかい鈴をがらんがらんならし、やりすぎなくらい両手を打ち合わせて拝む。

 儲けたいとか楽な暮らしがしたいとか贅沢は言わねぇ。せめて変なことに巻き込まれない生活をさせてくれ。あと、喰うに困らないくらいの。

 しばらく熱心に拝み、やがて満足して歩き出す。これで少しはましになるだろう、と期待しながら。

 その道すがら、と言ってもまだ神社の境内なのだが。御神籤を売っている売場を見つけた。それも自動販売機などではない、ちゃんと箱を振って棒を出し、その番号の引き出しから巫女さんが籤を取ってくれる奴だ。今時珍しい上に、非効率的だ。だが、今の俺の気分としてはこういう、『ちゃんとした』ってのに弱い。百円は大金だが、その分くらいのやる気は出てくれる気がする。

「よ、ねーちゃん。一回たのむぜ」

 巫女さんに百円玉を手渡す。

「はい、どうぞ」

 にっこり笑って、ここからでも取れる位置にあった籤の入った箱を取り、差し出してくれる。そうだよ、これだよ。こういうのがほしくてなけなしの百円払った訳だよ。

 気合いを入れて振る。これでもかとばかりに。

 てい、と出た数字を巫女さんに見せる。巫女さんは背後にあるでっかい棚から、その番号の引き出しを開け、籤を渡してくれた。

「はい、良い内容だと良いですね」

 おう、良いに決まってる。俺の気分がそう言っている。意気揚々と広げる。

 がくーん、と顎が1メートルくらい落ちた。

「ど、どうしました?」

 その様子に巫女さんが慌てたような声を上げた。俺は硬直したまま。

「あ、あの、凶くらいは仕方ないですよ。凶というのは、むしろ色々なことに気を付けなさいという意味ですから、考えようによっては努力とそれによる自身の成長を促す内容で・・・」

 俺の様子から、おおよそのことを見て取ったのだろう。巫女さんが慰めてくれる。が、そうではない。俺は黙って手にした籤を巫女さんに渡した。

「・・・だ、大凶!」

 ・・・ある意味、わかっていた。ここ数日の間にあったことを考えれば、これ以外ないってくらいに当然だ。でもよ、年も明けて、これから全て一からやり直すぞ、って時にこれはねぇんじゃねぇか?

「大凶、ですか・・・私、始めてみました」

 巫女さんすら見たことねぇもん見られるってのも、ある意味すげぇ強運なのかもしれねぇ。

 嬉かねぇが。

「文献によると、四百年前に一枚出たってあるんですけど、私、本当だとは思ってませんでした」

「あのな、入ってるモンが出てくるのは当たり前だろうが」

「あ、いえ、その・・・」

 なんだが、巫女さんが言いよどむ。

「なんだよ、気になるじゃねぇか」

「実は、・・・大凶って、入れてないんです」

「・・・は?」

「凶は、千枚に一枚くらい入ってるんですけど、大凶は入れてないんです。そもそも、凶だけで充分ですし、凶も入ってない神社だって今は珍しくないですし」

 占い師が悪いことを言わないのと一緒か。金払って悪い話は聞きたくないわな。

「ですから、大凶を引く人は、運が悪いとかそんな程度じゃない程の不運の元に生まれているんだって、代々言い伝えられています」

 ・・・そうか、俺の運の悪さは伝説的なのか。

 がっくりと膝をつく。薄々感づいてはいたが。

「これは、お祓いをした方が良いですね」

 巫女さんが言う。

「お祓いって言ったって、俺そんな金ねーぞ」

 ちょっと、胡散臭くなってきた。こういうのは詐欺の常套手段だ。

「いえ、お金はいりません。これほどの不運に会う機会などそうはありませんし、それを払うのも修行の内です。それに、このまま放って置いては、被害が拡大し、他の人々を巻き込むことにもなりかねません」

 ・・・すまん、それについてはもう手遅れだ。

「不運な人を救うのも、巫女の勤め。私に協力させてくださいな」

 そう言って、にっこりと笑う。

なんだか、ほっとする笑顔。疑ったことが申し訳なく思えてくる。

「もう一度言っとくが、俺、本当に金ねーぞ?」

「ご心配なさらずに。宗教法人が無税なのは、人を助けることで間接的に社会に奉仕しているからなのですから」

 微妙に論点がずれているが、とりあえず信頼しても良さそうな気がする。

「・・・よろしくお願いします」

 観念して頭を下げる。

「そう言えば、まだお名前お教えしていませんでしたね。私、この神社で巫女をしています、眞綾と申します」

 そう言って、巫女さんはぺこりと頭を下げた。


 眞綾に続いて本堂に入る。思ったよりも広い空間に、神棚と祭壇。護摩壇、ってのか? 火を焚いたりする奴。

「では、始めます。この神社には宮司様がいらっしゃいませんので、不肖此の私が一切取り仕切らせていただきます」

 いきなり不安だな。宮司ってのは、ヤクザで言えば組長だろうが。組長、でなくて宮司がいない神社ってのは大丈夫なのか、おい。

「ご安心ください。こう見えましても私、正階の位を持っております」

 よくわからねぇが、ちゃんとした資格があるってことか。少しは安心……なのか?

「では」

 眞綾が護摩壇に向かって正座する。指示されたとおり、俺はその斜め後ろで同じように正座する。うちの組は古いタイプだったんで、正座は普通にさせられてたし、学生時代に囓った空手ん時も正座は日常茶飯事だった。このくらいはなんてこたぁねぇ。

 ばさっ、と眞綾が手に持った玉串を振るう。始まったらしい。大人しくしていることにする。

「かしこみかしこみまおさく」

 ばさっ、ばさっと玉串の音と、巫女さんの声が朗々と響く。

「はらいたまえきよめたまえ」

 声が響くたびに辺りの気配がしん、と研ぎ澄まされていく。

「天地初めて開けし時、高天の原に成れる神の名は・・・」

 違う、それ祝詞ちゃう。

「急急如律令」

 というか、それ神道じゃない。

「えこえこあざらくえこえこあざらく」

 日本ですらねぇよ、もう。

 流石に黙ってられなくなって近付いて注意しようとしたその時。

「はっ!」

 辺りがびりびりびり、と震えるような気合い。そして、

 ごん。

 鈍い音。頭に衝撃。

 驚いて、辺りを見回す。床にがらんがらんと音を立てて転がる洗面器。

 何故?

 天井を見上げる。こんな物が降ってくるような場所はない。回りを見回す。回り中締め切っていて、これを投げるような場所も人影もない。

「はっ!」

 再び気合い。

 がごん。

 今度は直ぐ脇に転がる金タライ。

「くっ、首が、首がぁっ」

 頭より、首の方が痛い。こんなモン、毎週喰らってたのか。すごいぞ、ド○フ。しかし、洗面器に金ダライとくれば、次は水に決まってる。水くらいかぶっても良いっていや良いが、わかってるならやっばり避けたい。気付かれないように、ゆっくりと立ち上がる。そろそろと歩き出そうとして、

「はっ!」

 でろん

 予想していたのとは違う感触。どろどろしてる。黒い。変な匂いがする。

「ちょっ、ちょっとあんた、これっ、これっ、なんかテケリテケリ言ってますが!」

 ずるずる引き込まれそうになるのを必死で堪える。くそっ、今まで幾つもの修羅場を潜ってきたんだ。今更ショゴ何とかごときにやられてられるかってんだ。

「はっ!」

 気合いと共に、どろどろした感覚が消える。助かったのか?・・・とか思った瞬間。

「ぐるぐるぐるぐる・・・」

 振り向く。黄色くてふさふさ。動物園でよく見る顔。

「ライオン?」

 以外だと、今はもっとまずいもんだろう。そのライオンっぽいものは、大口開けて此方に飛びかかってきた。

「畜生!」

 とっさに手に触れた洗面器をその口の中に突っ込んでやる。ライオンはそれをがじがじ囓るが、金属製のその洗面器は思ったよりもずっと丈夫だったようで、変形はしたもののその原型を今だ留めていた。

「なんだよ、ほんもんのライオンかよ」

 ライオンだって充分脅威だが、何とかの猟犬とか出られるよりはずっとましだ。しかし、今の日本でライオン見て安心する奴は、俺かムツ○ロウさんくらいなもんだろう。子供の頃はムツゴロウ○んに憧れたモンだが、匹敵するようなことには成りたくなかったよな、マジで。

 ライオンが洗面器を吐き出し、もう一度こちらにねらいを定めた。取り敢えず避けるしかねぇ、と覚悟を決めた瞬間。

「はっ!」

 その姿勢のままライオンが消える。次に現れたのは、

「こんにちわ、ぼくド」

「じゃかぁしゃぁ!」

 問答無用でぶん殴る。小○館は版権きびしいんだってよ、マジで。たのむからさ、もっとヤバくないのを頼むよ、本気。

「はっ!」

 ド○えもんが消え、床にはフナがびちびちびち。いいのか、こんなんで。

「はっ!」

 頭から囓ろうとするワニの口をこじ開け、、

「はっ!」

 「僕の頭を」取り敢えず殴り、

「はっ!」

 子供が二人で取りやっこしてる木からつるんと飛んできたバナナを拾い、

「はっ!」

 猿に奪われ、

「はっ!」

 バッタ怪人のキックをくらい、

「はっ!」

 木の回りをぐるぐる回って虎をバターにし、

「はっ!」

 真っ赤な毛むくじゃらの怪物の頭のプロペラで切り刻まれそうになり、

「はっ!」

 緑色の恐竜みたいなのとスキューバダイビングをし、

「はっ!」

 クララが立って、

「はっ!」

 もう何が何だか。


「銀二さん、銀二さん」

 呼ぶ声に、目を覚ます。気絶、じゃねぇな。疲れ果てて寝ちまったんだ。感覚的には五分も経ってねぇだろう。

「お払いは終わりました。よく頑張ってくださいました。貴方の前には、様々な幻が現れて、試練をお受けになったと思いますが・・・」

「幻? 幻覚だったってのか、あれが?」

 触れた感覚を思い出す。幻覚とはとても思えなかったが。

「幻覚、と言うとちょっと違います。実体が無くて、本人にしか見えない、と言う点では同じかも知れませんが・・・」

 よくわからねぇが、取り敢えずあれがほんもんでなかったって事だけはわかった。そりゃそうだ。あんな訳のわかんねぇ状況が次から次へ起こる訳がねぇ。

「じゃあよ、あんな必死になって苦労する必要は無かったってことかよ」

 思い出して恥ずかしくなる。あの状況、回りからはどう見えていたんだろう。

「いえ、これはお祓いですから、必死になっていただく必要があったのです。もし貴方が試練に負けていれば、厄を祓うどころかますます強く取り憑かれ、今まで以上の不運が襲っていたでしょう」

 今まで以上って・・・ちょっと思いつかねぇんだが。

「でも、銀二さんは見事に打ち勝たれました。もう大丈夫でしょう。といっても、大凶が普通の凶になった程度でしょうが、それでも人並みですから」

「ああ、それで充分だ」

 というか、もう一度同じ事やれと言われてもごめんだ。

「終わったんなら、俺は帰るわ。世話んなったな」

 逃げるように歩き出す。しかしひでぇ目にあった。これも厄の内なんだろうか。だとしたら、祓えたって言葉にすがるしかねぇ訳だが。

そうだよ、忘れてた。『神とか仏とか、満更出鱈目じゃねぇ』のは確かだが、それが良いモンでもねぇって事を。

「銀二さーん」

 後ろから、声が追いかけてくる。急いで逃げ出したい気分だったが、それで事態が好転するとも思えない。そもそも、眞綾は俺のことを思ってやってくれた・・・んだよな?

「忘れ物ですよ」

 言われて、ふと悩む。忘れるような物は持ってなかったし、キーホルダー付きの財布の重みは懐に確かにある。

「家の物ではありませんから、銀二さんの物ですよね」

 そう言って眞綾が差し出したのは、まるで猛獣に噛み付かれたかのような歯形の付いた、金属の洗面器だった。

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