第十一話 ヤクザとサンタと非常な日常
こんこん、とノックの音が響く。
ドアではなく、窓から。
この部屋は二階だ。二回の窓をノックする知り合いなんて・・・いるかもしれねぇ。
認めたくねぇが、ここ最近知り合ったのは普通じゃない奴ばかりだったからな。
恐る恐る窓のカーテンを開けてみる。いくら貧乏でもカーテンくらいはついている。商売柄、昼に寝ることが多かったからな。
窓の向こうに何やら上機嫌そうに笑う顔。くわえ煙草。
窓を閉じる。俺は何も見なかった。窓の外になんて何もいなかった。そもそもここは二階だもんな。何かがいる訳がねぇ。
「こらぁ、銀二、ここを開けろぉ!」
何も聞こえねぇ。無駄だとわかってはいたが、俺は知らん振りを決め込む。
「開けねぇと窓やぶるぞ、ゴルァ!」
俺はため息を吐いた。こいつはやると言ったらやる。身にしみて知っている。
そもそも隣にはすでに大穴が開いているんだ。これ以上壊されたら部屋が壊れちまうかもしれねぇ。
諦めてカーテンを開いた。窓の外にあの時のサンタ、確かクリスって名前だったはず。クリスマスん時と同じように機関銃を構えて・・・
慌てて伏せる。クリスは俺がカーテンを開けた事など気づかない風に、あるいはお構いなしにタマをばら撒いた。
機関銃の轟音、砕ける窓ガラスの音、吹き飛ぶ窓枠。
「いて、いててててぇ!」
俺の背中に何発ものタマがヒット。
「いきなりなにしやがんだ!」
こっちの惨状などそ知らぬ素振りで上がりこむクリスに怒鳴る。俺のそんな様子を気にした様子もなくクリスはへらへら笑っていやがった。
「素直に窓開けないからだろうが」
「俺にも当たったぞ! 死んだらどうすんだ!」
「大丈夫だよ、これガスガンだから」
「ガスガンでも痛てぇモンは痛てぇんだよ! そもそもガスガンでこんな惨状になるかよ!」
窓枠が吹き飛んでるのに自分は痛てぇだけですんでる事はいちいち気にしない。今更そんな事で驚いてられねぇ。
「どうすんだよ、これ」
隣に開いた穴だってまだダンボールで塞いだだけの状況だ。この上窓もなんて洒落にならねぇ。
「気にすんなって」
「するに決まってんだろうが! これからまだまだ寒くなるってのに、どうしろってんだよ」
「まぁ見てろって」
クリスが壊れた窓に向かって手を差し伸べる。そこから光があふれ出し、一瞬の後、そこには何事もなかったかのように元通りになった窓があった。
「・・・すげぇ」
「はっはっ。これが主の奇跡だ。感動しろ。そして崇め奉れ」
「てめぇが壊したんだろうが」
そうじゃなかったら素直に関心出来るんだが。
「・・・そうだ、こっちの穴塞いでみろよ。そうしたら感動してやる」
それならそのくらいの価値は十分ある。
「ああ、それ無理」
「早っ!」
俺は目論見が外れてがっかり。
「それあたしがやった訳じゃないし、壊れてすぐならともかく、今更無理」
「・・・まぁ、いいけどよ」
どうせ上手くいけばくらいにしか思ってなかったんだ。それに穴が開いたままにも慣れてきちまったからな。
「とりあえず上がらせてもらうよ」
「・・・ところでよ、なんだよその格好は」
それどころではなかったので気づかなかったが、クリスは前のサンタの格好をしていなかった。
白を基調とした、なんつーかまるで天使のような格好だ。そういやなにやら頭の上にわっかと背中に羽まではえてやがる。
「見てわかんないかな、天使だよ」
「なんでサンタが天使の格好なんかしてんだよ」
こいつと天使、違和感がありまくりでピンとこねぇ。
「クリスマスってのは、何の宗教の行事だ?」
「キリスト教だろ」
いくらなんでもそれくらいは知ってる。
「んじゃ、キリスト教で主の奇跡を起こす人間以外の存在と言えば?」
「・・・天使」
「わかってんじゃん」
クリスは咥えた煙草を揺らしてへらへら笑った。
「んじゃ何か、サンタってのはみんな天使なのか?」
「そ。ただし逆は真ならずだ。サンタやってない天使もいるし。専門でやってる奴もいるけど、あたしもクリスマスの辺りだけだし。クリスマス以外のサンタの仕事ってさ、ガキの欲しいプレゼントのリサーチとかその集計とか発注とか、机仕事ばっかなんだよね。やってられるかってーの」
確かに机に向かってるこいつの姿は想像できねぇ。
「ところでさ、灰皿ない?」
そういえば咥えた煙草の灰がヤバげになっている。俺は近くにあった灰皿を渡してやった。最近俺は吸ってないので、綺麗なもんだ。
「で、何しに来たんだよ」
「ああ、それそれ。忘れるところだった」
忘れんな。
「おめでとうこざいます! このたびあなたは天使局から特異点として認定されました!」
ぱーん、とクラッカーの軽い音が響く。
「は? 特異点?」
聞いたことねぇ言葉に、俺は頭にかかった紙ふぶきを払いながら聞き返した。
「そー」
「で、特異点ってのは何なんだよ」
「銀二さ、最近回りで変な事ばっか起こってるだろ」
「まぁなぁ」
心当たりがありすぎる。というか、変な事しか起こってねぇ気もする。
「そう言う変な事象とか存在とかを引き寄せる、人間とか物とか場所を特異点って言うんだよ。天使局から認定されるレベルの特異点って言ったらすごいぞ。しかも一月足らずの間にこの頻度だ。全世界でも文句なしにベストテン入り確実。あとさ、ほら、魔法少女っていただろ?」
「・・・いたなぁ」
思い出したくない事のかなり上位に入る相手だ。
「あれもさ、あんたが引き寄せたそう言うモンを魔力に変えて使ってるっぽい。まぁ、特異点から魔力を引き出して使うってのは誰にでも出来る事じゃないから、あの娘と銀二と、なんかの波長が合いでもしたんだろ」
「・・・マジか」
「大マジ」
がっくり。変だ変だとは思っていたが、まさかそんな事だったとは。
「・・・それってのは、治るモンなのか?」
「さぁ。原因もわからないからね。急に治る事もあるんじゃないの? 今までそんな事はないみたいだけどさ」
それは治らねぇって事だろ。
「でも、なんだって急にそんな事になったんだよ。つい最近まではそんな事はなかったってのに」
「ああ、それあたしのせい」
「・・・何?」
「ほら、クリスマスに会ったじゃん。詳しい事はわからないけどアレでそういうのが活性化されたみたいでさ。まぁ不慮の事故って事で」
「事でじゃねーよ」
ってー事は何か、あの時こいつに会ってなければこんな事にはなってねぇって事か。
「でもさ、あん時あたしが出てってなければ、あんた死んでたかもよ?」
それはそうだ。確かに今は異常なことばかり起こりやがるが、だからといってあの時死んでた方がいいとは思っていない。
「そうか。そういや助けて貰った礼を言ってなかったな。ありがとうよ」
クリスは少しだけ驚いた顔をして、煙をゆっくりと吐き出した。
「・・・礼を言われるとは思ってなかったよ。こんな事になったのはあたしのせいだし、・・・銀二はあの時に死にたいと思ってたと思ってたから」
「まぁ、それについては否定しねぇけどな」
あの時は、確かに死んだ方が良いと思っていた。死なねぇ様にあがいてはいたが、それはただ頼子を殺した奴らの思い通りになりたくなかっただけだ。あの時生き延びられても、その後どうなったかわからねぇ。
「感謝してる事だけは確かだ。今のこの状況も、まぁ命と引き換えだと思や大したもんでもねぇ」
「もうひとつ謝んなきゃいけない事もあるんだ」
「なんだよ」
「クリスマス前って、ほらサンタやってるから忙しくてさ。真面目にやろうとか思ったのが裏目に出てさ。あたしがもう少し気をつけてりゃ頼子ちゃん助けられたはずなんだ」
「・・・仕方ねぇさ。お前が悪い訳じゃねぇ」
なんとなく煙草を取り出す。最近吸っていなかったが、煙草は何故かいつもポケットに入れていた。
火をつけて、深く吸い込む。
「・・・そういや、頼子が天使が迎えに来たっつってたな」
「あ、それあたし」
「・・・やっぱな」
なんとなくそんな気はしてたんだ。というか、こいつ以外に頼子が言ってたような天使がいるとは思いたくねぇ。
「でもよ、なんでそんなに俺のこと気にかけてくれんだ?」
ここまで来ると、ガキの頃の罪滅ぼしとかじゃ済まないはずだ。
「ああ、だってあたし銀二の守護天使だから」
「・・・は?」
「だから、守護天使。すごいぞ、守護天使持ってる人間なんてそうはいないからねぇ」
クリスがへらへら笑いながら灰皿に煙草の灰を落とした。
「ちと待て。聞いてねぇぞ」
「言ってないから。ほら、族時代、あんだけ大きな抗争とかあったのに、大きな怪我ひとつなかっただろ。あれあたしのおかげ」
「・・・マジか」
「マジだ」
そういや変な助かり方した事が何度かあった気がする。美術館の非常階段の時もそうかもしれねぇ。
なんて言って良いのかわからなくなって煙を吐き出す。しばらくそうしていてから、
「いつからだよ。・・・もしかして、あん時もか」
「いや、むしろあん時から。それまでも気にはかけてたけどさ、流石にあれは見てらんなくて」
「じゃ、正当防衛になったのも、お前のせいか?」
「違う違う、あれはあたしはなんにもしてない。あれは誰が見てもそうだって」
嘘はついていないと思う。表情を見て確信する。
「・・・あん時、ちゃんと裁かれてれば、今頃こんなじゃなかっただろうにな」
「仕方ないさ、罪のないモンを裁く訳にゃいかないからね」
二人して黙って煙草をふかし続ける。なんか複雑だ。俺はずっと一人だと思ってた。まさか誰かが・・・しかもこいつがずっと俺の事を見てたなんて。
「俺は、これからどうするべきなんだろうな」
「いいんじゃないの? このままやってりゃ。少なくとも、あたしから見たら今のあんた、間違っちゃいないよ」
「・・・そうか」
再び黙り込む。持っていた煙草がなくなる頃、
「さて、そろそろ行かないとな」
そう言いながらクリスは立ちあがった。
「なんだ、用事でもあるのか」
「あんたの特異点の事でいろいろ忙しくてね。なんでそうなったのかの調査とか、どんな事件が起きたのかの報告とか。机仕事は苦手なんだけどな。まぁ自分で蒔いた種だし」
「そうか。まぁがんばってくれ」
冷たく言う。手伝ってやれる訳でもないしな。
「じゃ、邪魔したね」
そう言いながら、クリスは窓を開けた。
「なんだよ、窓から帰るのか」
「気を使ってんだよ。最近女の子に人気があるみたいだからな。見られたら困んだろ?」
「困るような相手はいねぇよ」
よっこらしょ、と天使にはありえない格好で窓枠を乗り越えると、クリスは一度こちらを振り向いた。
「あ、近いうちにまた来ると思うけどさ。そん時は酒でも用意しといてくれ」
「無職に何を言うんだか。こっちはその日暮らしで精一杯だよ」
「違いねぇ」
へらへら笑うと、クリスは窓の向こうで新しい煙草に火をつけた。
「んじゃま、達者でな」
「お前もな」
咥え煙草で飛んで行くクリスの姿が、次第に小さくなっていく。その背中を見ながら、ふと思っていた。
「ソリいらねぇじゃねぇか」
様式美ってもんなんだろうか。
開けたままの窓枠に腰を下ろして、俺は新しい煙草に火をつけた。
吸い慣れたはずの安煙草は、何故かいつもと違う、複雑な味がした。
ひとまずのところ完結です。
続きは気が向いたら書くかもしれません。
その時は多分菜摘の話が中心で。
クリスが主役の番外編です。
「サンタと少年。それから煙草。」
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HPもよろしくお願いします。
キリ番でリクを受け付けて短編を書いたりしています。
「にゃにゃ屋」
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