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第一話 ヤクザとサンタとクリスマス

 見回せば、街中クリスマス一色に染まっていた。カップルは必要以上に寄り添い、紅白のおめでたいサンタの格好をした奴らがクリスマスセールとか書いた看板を掲げて見せる。あまりにたくさんいすぎてかえって目立たない。

 馬鹿丸出しだ。何がめでたいのか全くわからない。

 俺が歩くところだけ、クリスマス気分が抜けて道行く奴らが眉をひそめる。そりゃそうだろう、クリスマスに浮かれているところに、いかにもヤクザといった風情の俺が通りかかりゃ、いい気分じゃいられないはずだ。それに少しだけ胸のすく思いになる。

 俺はこのクリスマスってのが昔から大っ嫌いだった。街中そろって馬鹿みたいに浮かれやがって、何が嬉しいのか、おめでたいのはお前らの頭の中身だとしか言いようが無い。

「よぉ兄さん。不景気そうな面してどうしたよ?」

 そうやって話しかけてきたのは街中溢れかえっているサンタのひとり。年はおそらく二十代半ばで俺と同じくらい。女のサンタってのも珍しいが、だからこそ他のありきたりな連中よりも目立っていた。

 が、その姿はどう見ても真面目に仕事しているようには見えない。当たり前に紅白のもこもこしたサンタ衣装を着て、大仰な袋を担いでいる。だが、ウルトラミニのスカートの上、袖が大胆に切り取られて腕がそっくり露出しているサンタってのは、普通じゃないと思う。のみならず、くわえタバコまでしていて、サンタの一番の客のはずの子供向けとは決して言えない。目立つ、という当初の目的はこの上なく達成してはいるが。

「ほっとけよ。てめぇにゃ関係ねぇ」

 言い捨ててそのまま通り過ぎる。クリスマス気分なんぞ冗談じゃねぇし、そんな暇など無い。

 そもそも、クリスマスが嫌いな俺がこの時期にこんなとこにいるのには訳がある。組の連中から逃げてる最中なのだ。本当なら人気の無いところに行くべきなのかもしれないが、『木を隠すには森の中』くらいの教養はある。

 もっとも、この周りから浮きまくった風貌では、どれだけの効果があるか疑問だが。

「まぁそう言わないでさ。話してみ? ちったぁ楽になるかもよ?」

「ほっとけっつてんだろーがよ、言わすぞゴルァ!」

 凄む。が、サンタ娘はへらへら笑ったままだ。ちっと舌を鳴らす。

「いたぞ、こっちだ!」

 叫ぶ声に、慌てて振り向く。こちらを指差す人相の悪い顔。まずい。追われてる身でこんな騒いでいては、見つけてくれと言っているようなものだ。

 慌てて走る。

「なんだい、兄さん追われてんのか」

 何故か、サンタ娘が並んで走っていた。追い返そうとも思ったが、それどころではない。

「ああそうだよ。シノギの最中にドジ踏んじまってよ。つかまりゃ下駄履いて東京湾だ。わかったら巻き込まれないうちにどっか行きやがれ」

 正確にはドジ踏んだってのは違うんだが、今はそんな事はどうでもいい。

「なんだよ、下駄で東京湾ってのは?」

「コンクリで足固めて重石にして、東京湾に沈められるって事だ。いいからどっか行けってよ、お前がいると目立ってしょうがねぇ」

 このサンタ娘は異様に目立つ。サンタの格好もさりながら、この時期に袖の無い服着てる奴など他にいない。

「お前じゃないよ。クリスってんだ。クリスマース、ってね」

 この状況でこの態度。理解に苦しむ。格好からしていかれてやがるんだから、ある意味当然かもしれないが。

「あたしもねぇ、仕事で馬鹿やっちまったことがあってね。その心残りがずっと後引いちまってるってーの?」

 どうやらどこかに行くつもりなど毛頭ないらしい。とにかく走る。

「おい、こっちだ!」

 正面から新手が現れる。先回りされていたらしい。慌てて路地に駆け込む。

 が、そこは行き止まりだった。

「くそっ、行き止まりじゃねぇか」

 慌てて辺りを見回す。が、抜けられそうなところなど、どこにもない。

「ちくしょう、ここまでかよ」

 額を汗が伝う。こんなことで終わっちまうなんて、俺の人生らしくて出来すぎてやがる。

「ありゃ。こりゃもう逃げられないね。残念」

 まだいたサンタ娘が人事の様に言う。こんなとこにいたら巻き込まれかねないってのに、気楽なもんだ。

「そうみたいだな。いいからさっさと逃げろよ。奴らだって無関係な奴まで巻きこみゃしねぇだろ。現場だけ見なけりゃ見逃してもらえるだろうよ」

「おや、やさしいんだね、兄さん。そんなんでヤクザなんて勤まるのかい?」

 痛いところを突きやがる。思わず自嘲の笑いが漏れる。

「つとまんねぇからこんなになったんだろうが」

「なるほど、一理ある。それなのに、なんでヤクザなんかになっちまった訳だい?」

 奴らが、迫ってきている。必要以上にゆっくりなのは、こっちがチャカでも持っていないかと慎重になっているせいだろう。もう終わりだと実感する。そのせいか、それまでの焦りはなくなっていた。

「きっかけは、そうだなぁ、あれは小学生になったかならねぇかくらいの頃かな。つまんねぇ事で暴力振るっちまってよ。それ以来問題児ってレッテルが剥がれねぇ。それならいっそ、その通りの人間になってやれってよ」

「人が道を踏み外すきっかけってのはその程度のモンさ。あたしもあんまり真面目な方じゃなかったしねぇ」

 クリスがしみじみといった風に言う。確かに、これだけ変わった奴がまともに暮らせるはずも無い。色々とあったのだろうと思う。

「そういや、あんたの名前、聞いてなかったね?」

「そうだな、死ぬ時まで名も無いチンピラってんじゃ情けなさすぎるよな」

 奴らのほうに向き直る。覚悟を決めれば後は簡単なもんだ。

「銀二ってんだ。忘れなかったら憶えててくれや」

 正面の奴が銃を構える。走馬灯って奴か? ガキの頃の思い出が頭を過ぎる。くそ、思い出したくもねぇ。

「死ねや」

 ためらいも無く発砲する。同時に腹の辺りに衝撃。いたい、と言うよりは熱い、という感じ。後ろに倒れる。

 ああ、死ぬのかと妙に冷静な視界の中、クリスが駆け寄ってくるのが見える。

「さっさと逃げろ。お前ひとりなら奴らも追ってはこないだろう。俺はもうだめだ」

 変な娘だが、側に誰かがいてくれるってのは悪い気分じゃない。こんな気分で逝けるって事だけが、ろくでもない人生でたったひとつの良い事かもしれない。

「何言ってんだよ? 掠っただけじゃねーか」

「そんな訳ねーだろうが」

 言いつつ、腹を押さえる。何処か違和感。確かに正面から撃たれれば、当然内臓をやられて背中まで貫通しているはずだ。だが、痛みは腹の表面までしかない。慌ててシャツをめくり上げる。

 クリスの言う様に、傷は横から掠めたように一直線に伸びていた。

「大方、同時に横から撃たれてたんだろ? 正面からも撃たれてたから勘違いしただけでさ」

 わかってみればあっけない。腹は痛むが、それも生きているんだと嬉しいくらいだ。

「ちっ、まだ生きてやがる」

 発砲した奴が、下ろしていた銃をもう一度上げた。

「でーも、おねーさんちょっとトサカにきちゃったかなー?」

 クリスは、世にも恐ろしい顔をした。嫌な予感が背中を走る。

 今の騒ぎでも忘れず背負っていた袋を背中から下ろし、その中に手を突っ込んだ。

「じゃーん。機関銃」

 どこぞのネコ型ロボットのような口調で中身を取り出す。UZ、と言うのだろうか。チャカくらいは持った事があるが、機関銃など見たのも初めてだ。

「死ねやゴルァ」

 サンタとは思えない口調で叫び、クリスは文字通り鉛玉を「ばら撒いた」。もう見境無く。洒落にならない轟音が響く。同時に、冗談にならない悲鳴。

 しばらく阿鼻叫喚の地獄が続いた後、恐る恐る視線を上げる。すでに辺りに立っているものはいなくなっていた。

 クリスは満足した風にため息をつくと、当然といった口調で言った。

「じゃ、行こうか」

「・・・行くって、何処に」

 この時。多分、これから何を言うのかわかっていたと思う。が、認めたくない。

「決まってるじゃん」

 にっこりと、邪気の無い笑顔。つられて引きつった笑いを浮かべる。

「組長のタマぁ取ったる♪」


 既知外と刃物持った奴には逆らうな、くらいの事は知っている。まして、相手は刃物どころか機関銃持った、それをためらい無くばら撒くくらいの既知外だ。しかもこちらは抵抗もままならない怪我人。もう大人しく引きずられて行きましたとも。

 途中幾度か組員に会う。が、いくらヤクザとはいえ、機関銃にビビらない奴はいない。その間にカタギ連中がいるのも気にせず鉛玉をばら撒く。あっけないくらい簡単。

 どかん、と組の玄関を蹴破る。事務所には組員が五、六人ほど。驚いた顔でこちらを見ているが、多分驚いているのはカチコミかけられた事でにはなく、ミニスカノースリーブのサンタが機関銃構えている事にだろう。

「メリークリスマース」

 クリスがにっこりと微笑む。

 同時に、事務所にいた連中にメリークルシミマスがやってきた。

 とりあえずアーメンとだけ言っておく。どうする事も出来ない俺をお許しください。

 クリスの機関銃がうなりを止める。竜巻が起こったかのような事務所の中には、組員達が文字通り死屍累々。すでに直視できない状況になっている。

「さて、組長ってのは何処にいるのかなー?」

 クリスが遠慮なく事務所の奥のドアを開け放つ。反撃を警戒していたが、何も起こらない。

 そういえば、街中でもかなりの数の組員をなぎ倒してきた。ここにいた連中を含めれば、多分これで全員。

 あっけない。あまりにあっけなさ過ぎる。この程度で片がつく事をあれだけ恐怖にかられていたなんて。

 いや、この状況が異常すぎるのだと直ぐに気付く。例え機関銃を持っていたとしても、手当たり次第ぶっ放すなんて出来る訳が無い。

 そんな事を考えている間にも、クリスはずかずかと奥の部屋へと上がりこむ。土足だが、この部屋の惨状を考えればたいした事では無いだろう。

 階段をずかずかと駆け上り、組長室のドアの前に立ったクリスは、考える間もなくドアに向かって機関銃を乱射。鍵が開いてるかどうかすら関係ないらしい。漫画の様にドアの真ん中に人が通れるくらいの穴が開く。

 鼻歌交じりに機関銃を肩に担ぐと、クリスは意気揚々と組長室へと足を踏み入れていた。

「ぎ、銀二! 貴様一体どういうつもりだ!」

 マホガニーだとかいつもいちいち自慢していた机の陰に隠れ、それでも組長は偉そうだった。が、いつも気にしている髪の毛がズレている。冷静で無いのは見ればわかる。

「てめぇから殺そうとしといて、どういうつもりもこういうもりもねぇだろうが」

 叫ぶクリス。ジャキっ、と音を立てて、機関銃の銃口が組長の方を向いた。

「てめぇはどうしようもねぇ屑野郎だが、今日はめでたいイブだ。一言言い残すだけの慈悲をくれてやる。叫びやがれ、『メリークリスマス』ってな!」

 言うと同時に機関銃乱射。言い残す暇ねぇじゃん、とか思うがそれを言う余裕も無い。

 たっぷりと五秒は引き金を引き続けていたクリスだが、流石に満足した風な表情でもう一度機関銃を肩に担ぐと、咥えたままだった煙草を右手でつまみ、指先でピンと投げ捨てた。

「神の国にお前らの居場所はねぇ。地獄で未来永劫後悔しな」

 懐から新しい煙草を取り出し、咥える。それに火をつけ、深々と吸い込んだ。

「あんたもさ、過去のつまんねぇ事にいつまでもこだわらないでさ、前見て生きてった方がいいぜ?」

 ふうっ、と美味そうに煙を吐き出しながら、首だけで振り向いてクリスが言った。

「ははははは」

 もう何でもいいやという気になっていた。こんな事が目の前で起きればそりゃそうだろう。

 呆然とするその耳に、しゃんしゃんしゃん、という聞いた事のあるような鈴の音が響く。

「おっと、もうタイムリミットだ。そろそろ行かなけりゃ、またプレゼント配れないガキが出ちまう」

 クリスが蜂の巣になって既に用を成さなくなっていた窓を開く。

 そこには、トナカイとソリ。

 ここは、二階のはずなのに。

「言っとくがな、一人も死んじゃいないよ。こいつは特別製でね」

 言われて、組長の様子を確かめる。確かに服は穴だらけになっていたが、身体には傷ついた様子も無く、血の一滴も流れてはいなかった。

「聖別された弾丸の表一面にメリークリスマスって彫ってある。どんな悪党も、これで一発改心だ。明日の朝になりゃ何事も無かったように起きだして、そろって今までの己の悪行を懺悔し出すだろ。あとはそのまま組に残るなり足洗うなり、あんたの好きにしな」

 言い捨てて、クリスは窓の桟に足をかけた。

「ちょっと待てよ、よく考えてみりゃ、俺が撃たれた時、狭い路地だったろうが。横から撃たれる訳なんてねぇんだよ」

 そのままの姿勢で、クリスは振り返る。

「さぁね、跳弾かなんかだったんじゃねぇの?」

 そのまま、よっ、といった感じで窓によじ登る。年頃の娘のする格好ではない。

「そういやね、昔のあたしは仕事に誇りも何も持ってなくってね。仕事中もダラけててさ、プレゼント配る相手んとこいけないで朝になっちまうのも別に気にしてなかった。でもさ、そうしてプレゼント配れなかったガキのひとりが、そのせいで友達と喧嘩になっちまって、それ以来気の毒なくらい荒れちまってね。それでやっと自分の仕事の重要さに気付いたって訳さ。そのガキの事もずっと気になってたんだけどさ、今更どの面下げて謝りに行きゃいいんだって躊躇ってる内にこんな時期になっちまった」

 口の端で咥えた煙草を揺らして、にっと笑う。

「メリークリスマス。聖夜に奇跡のプレゼントだ。二十年遅れだけどな」

 クリスの飛び乗ったソリは、鈴の音を響かせて空を行く。呆けたように口を開けて見送る俺の事など、もうすっかり忘れ去ったかのように。

 その姿が見えなくなるまで見送った後、俺は糸が切れたようにその場に座り込んだ。

「は、ははは、はは」

 思わず、笑いがこみ上げる。

 しばらく、馬鹿みたいに笑い続ける。涙と鼻水を撒き散らし、自分で汚ねぇなぁと思いながら。

「・・・メリークリスマス、か」

 空を見上げながらつぶやく初めての言葉は、何故かあまり違和感無く耳に響いていた。

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